世界の子ども物語
出生登録(しゅっせいとうろく)のない子どもたち
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「2006年 世界子ども白書」がとりあげるテーマは、『EXCLUDED
AND INVISIBLE(存在しない子どもたち)』です。「存在(そんざい)しない」とはいったいどのような意味なのでしょうか?
世界には、まるでこの世に存在していないような子どもたちが多くいます。なぜなら、生まれた時に、「この世に誕生したよ」という登録(出生登録)をされない子どもたちが世界にはたくさんいるからです。出生登録を受けない子どもたちは、さまざまな問題に悩まされています。また登録されていないせいで、ちゃんとした保健サービスを受けられない子どもたちもいるのです。
出生登録とはどのくらい大切なものなのでしょうか?
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◆ もくじ ◆
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Ⅰ. ぼくは「透明人間」?
<ドミニカ共和国>
いぜん、ドミニカ共和国のラファエルくんのお話をみなさんにお伝えしました。ラファエルくんのように出生登録をしていないと、正式に国籍も名前ももつことができません。病院やもちろん学校にもいくことができないのです。でも、ラファエルくんはさいわいにも、学校に通うことができましたよね。 2001年に教育省がおこなった調査によると、ドミニカ共和国の子どもたちのなかで、6万3,000人の男の子と女の子が、まだ出生登録されていないことが分かりました。これだけを見ても、ドミニカの子どもたちは大変な状態にあることが分かります。こうした出生登録証を持たない子どもたちの多くは、学校に行くことができないのです。同じ年に行われたMICS調査(「子どもたのための世界サミット」の目標を達成しているかどうかを知る調査方法)では、ドミニカ人の両親を持つ5歳未満の子どもの25.4%が、出生登録されていないことがわかりました。
名前と国籍を持つ権利は、人権宣言の6条と15条にうたわれています。
「人は誰しも法の下においても、人として認められる権利…と、国籍をもつ権利を有する」
「子どもの権利条約」でも、「子どもは、生まれたらすぐに登録されなければなりません。子どもは、名前や国籍を持ち、親を知り、親に育ててもらう権利を持っています」
とさだめられています。
それでも、世界の多くの子どもたちが、この権利に守られないまま生きているのです。
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Ⅱ.出生登録ないロマ人の子
<セルビア・モンテネグロ>
セルビア・モンテネグロの首都ベオグラードの北西70キロにあるパリュヴィ村。いっけん、ごく普通の村のように見えます。けれども、ここはジプシーと呼ばれることもあるロマ人たちが住んでいる地区です。多くの子どもたちは出生登録されていないため、公式に存在しません。公式な統計によると、セルビア人の予防接種率は約90%。しかし、この数字は出生登録書と医療記録がある子どもだけの数字で、ロマ人の多くの子どもたちはふくまれていません。
公式の統計では、ロマ人の人口は10万8000人。しかし、多くは出生登録しておらず、本当はもっと多いと考えられます。そしてほとんどの子どもたちは、これまで保健などの社会サービスを受けることができませんでした。
そこで、ユニセフは、全国予防接種キャンペーンを実施するときに、出生登録されていない子どもたちをさがしだして、予防接種することを大切にしています。そのためにも重要なのが出生登録。セルビア公衆衛生研究所とユニセフは、ロマ人を中心に14歳以下の1万446人の子どもの出生を登録しました。登録した子どもたちなかで、これまでに予防接種を受けたことがあったのは3人に1人だけ。ユニセフは統計からもれてしまった子どもたちにも手をさしのべることができるようこれからも活動をつづけていきます。
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Ⅲ.アマゾン地域の子どもたちに出生登録を
<エクアドル>
マリア・ナジャムタイはエクアドルのアマゾン地域ヤサヌカ村に住んでいます。子どもは4人。8歳、7歳、5歳、3歳の子どもたちです。お父さんは手工芸でかせいでいます。マリアさんは洗濯する仕事をしています。子どもたちは出生登録されていないので、学校に行っていませんし、マリアさんも、ほんとうはエクアドル政府からまずしい家庭に支給されるお金をうけとれるはずなのですが、身分証明書がないのでうけとることができないでいます。
アマゾン地域に住む先住民族の人たちは、人口動態統計局にほとんど登録されていません。サンチャゴ・デ・メンデスの市長、ラファエル・ルイズさんは、「ここでは出生登録がいきとどいていないため、どれだけの人たちが住んでいるかちゃんと把握(はあく)できていない」と言います。そのため、本来が必要としている支援がじゅうぶんにいきわたっていないのだ、と。
村の子どもたち全員を登録することは大変なことなのですが、一度登録してしまえば、子どもたちはエクアドル国民としての権利を保障されるのだから、大きな前進になる、と考えています。
「子どもたちには学校に行ってもらいたい、そして仕事をしないですむようにしてあげたい」とマリアは言います。
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Ⅳ. 子どもの未来にとって大事な日
<アフガニスタン>
1階建ての白い建物の中は、活気にみちています。この医療センターでは、本日「女性の日」のイベントが行われ、地区レベルでポリオ予防接種デー(2日目)が実施されています。そのうえ、出生登録の日でもあり、2人しかいない保健員は大忙しです。アフガニスタンの北東部、スルク・ロッド地域に住む3万8,000人の住民にとって、この医療センターは保健相談所のような場所です。ですから、おとずれる人がとだえるはありません。12キロにわたる地域を担当しているこのクリニックは、地域のライフライン(生命線)にもなっているのです。
医者のシャハラ先生はこのセンターの母子保健調整官で、センターがこれまでやってきた結果に、とても満足しています。タリバンの時代にも、センターは地域の女性たちに必要な医療サービスをとどけてきましたし、遠く離れたところへのサービスもしてきました。移動保健班がサービスを提供できない地域の地図が壁に貼ってありますが、そこにはもう、しるしひとつ残っていません。しるしがないということは、スルク・ロッドでは、だれでもなにかしらの保健相談を受けているということです、と彼女は自信たっぷりに語ります。
遠くだれでもかんたんに行くことができないところでは、どんなにがんばっても、一部の人のニーズにしかこたえられないのが普通です。いまだに、センターまで、女性がつきそいなしで一人でやって来るのをゆるさないコミュニティも残っています。こうした地域では、移動保健班がひつようです。ポリオ予防接種キャンペーンのひとつとして、いくつもの移動保健班が各地をまわっています。徒歩で、自転車で、あるいは自動車で…。いっけんいっけん家を訪ねては、5歳未満の子ども全員が予防注射を受けていることを確認して、予防接種をうけていない子どもにはポリオの予防接種を、その場ですぐに実施します。アフガニスタンはあと一歩でポリオ根絶(こんぜつ)を宣言できる状態です。ここ2年は、ポリオの報告例がほんの一握りにへりました。そして、今年…今までのところポリオが自然に発生したという話はひとつも報告されていません。
こうした仕事以外に、今年はもうひとつ重要な役割がこの移動保健班に追加されました。それは1歳未満の子ども全員を出生登録するという仕事です。政府は、ユニセフの支援をうけて、2003年末までに出生登録システムをたちあげて、ポリオの予防注射といっしょに、100万人の出生登録をめざす活動にとりくんでいます。女性の移動にも制限をする文化のなかでは、こちらから出かけて出生登録を行うことは大切なことです。ポリオの予防接種チームは、すでに長い経験を持ち、地元で信頼があり、尊敬されているので、出生登録キャンペーンをくりひろげるにはぴったりなのです。
人口1,000人のサイダン・アラビ村で、ファザル・ラーマンさんとサイード・オマールさんはワクチンのクーラーボックスと出生登録証をもち、いっけんいっけんをまわっています。彼らは村の住人。みんなが知っている人です。家の門の前に立ち、ファザルさんがひとこえ呼びかければ、家の人たちはでてきます。ファザルさんは温かくむかえられ、今日家におとずれた理由をながながと説明する必要もありません。家族たちも、今日は何の日か、すでにわかっているようです。
今、この地域ではトウモロコシがたわわに実り、トマト畑では緑の中に、ところどころトマトがまっかな実をつけています。2人の予防接種員たちは、もうひとつ重要な「タネをまいている」のです。そう、村の一番若い世代の子どもたちに健康と乳幼児期を約束するというタネです。この保健員たちも、サイダン・アラビで働くこと5年。ふだんは農業にしていますが、そのあいまを使って、予防接種プログラムを支援するために時間をつくって、こうやって村の家をまわっているのです。そのおかげで、出生登録システムを予防接種プログラムにくみこむのは短い期間で行いました。
「数日間の研修をうけました」とラーマンさんは説明します。「出生登録証のかきかたを教わりましたが、これはたいして難しくありませんでした。そのほか、どうして1歳未満の子どもを登録するのかについての講義もうけました。一番問題だったのは、私たちが話している相手が父親だったときに、母親のほうの名前をなかなか教えてくれなかったことです。というのは、男性は奥さんの名前を他人には明かさないからです」
緑色の出生登録証にかかなくてはならない情報—子どもの名前、年齢、母親・父親の名前、出生地—のほかに、2人はなぜ出生登録が大事かを家族に説明します。
「出生登録はよりよい計画をつくるベースになります」とラーマンさん。「子どもの数がわかれば、将来的に必要な学校の数をととのえることができるし、子どもにとってより良い保健サービスを提供することができます。家族に対しては、子どもを出生登録しておけば、子どものアイデンティティ(じぶんはどこで生まれて、どういうところに所属しているのか)、年齢、国籍がちゃんと約束されるのだ、ということをはっきりいいます」
地理的な面でも、広報の面でも、きびしい条件にあるアフガニスタンで、出生登録をするのはけっして楽なことではありません。でも、最初の出生登録が済めば、子どもへのサービスを計画したり管理したりできるようになります。ユニセフは、地域レベルで、データの入力を行うスタッフをあつめたり、研修を支援しています。これらのデータは、子どもの数を正確に把握(はあく)していなければならない地区レベルの役人に提供されます。また、このプログラムをとおして、アフガニスタンのすべての子どもたちのアイデンティティがちゃんと約束され、彼らが児童労働のぎせいになったり、違法な養子縁組、早い年齢での結婚や、子どもの人身売買のぎせいになったりする危険性をへらすことができます。
これはモハマド・ザルメイさんが気にしているところでもあります。実は、7カ月になる息子ジャファールが今日、ポリオの予防接種を受け、出生登録証をもらったばかりなのです。子どもは8人いますが、一番小さなジャファールだけが出生登録を受けたのです。それだけに、彼はこのことの大切さをよくわかっています。
「今日は息子の未来にとって大事な日です」と彼は言います。腕にはジャファールくんをだき、手には出生登録証をもっています。「これでジャファールはより良い子ども時代をすごすことができるでしょう。これさえあれば、自分が誰なのかを証明できるのですから。これを彼からうばうことは誰にもできません」
ザルメイさんにとって、データの収集はそれほど大きな障害ではありません。過去30年間、なんども政権が交代してきた国では、当局による個人データを集めることはうたがいの目で見られてきました。でも、出生登録は国を再びたちあげていくことなのです。ですから、逆に自信を与えてくれるものなのです。
「家族と旅行するとき、息子が何者かを証明することができる。ちゃんとした時期に息子を学校に行かせることもできる。この証明書は息子も、私も、家族全員をも守ってくれる、大切なものなのです」
ファザル・ラーマンさんは、記入の終わった出生登録証をまとめて、トウモロコシ畑の反対側、数百メートル離れた集落(しゅうらく)へむかいます。畑で働くより、こちらのほうが「ピクニック」のようで楽しい、とファザルさんは言います。しかし、その一方で、自分の予防接種委員と出生登録員としての仕事が、アフガニスタンの未来そのものにとって大切な仕事であることをわきまえています。「私はサービスを提供している。それはちゃんとわかっています。たくさんの人たちの役に立つ仕事ができるって、とてもうれしいですね」
とほほえみながら話します。
この村だけでも60人近い子どもたちを出生登録しなければならないと思いますが…と、その仕事についてどう思うかをと聞くと、「いいことですよ。アフガニスタンが前進しているあかしですから」という答えが返ってきました。
その言葉を残し、二人は次の家へと向かいました。気温50度もする暑さの中を、トウモロコシ畑をかきわけながら彼らは進んで行きます。早朝に起きて、昼下がりには仕事を終えていなければならないのもしょうがないことです。予防接種をすべき子ども、出生登録をすべき子ども。二人の男性、ふたつの仕事、でも目指すゴールはひとつ、アフガニスタンの子どもたちの明るい未来をつくることです。
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