アフリカには、紛争の脅威から自国を後にして難民とならざるをえなかったり、貧困状態を脱するために他国へ出稼ぎに出たりする人々が数多くいます。
サヘル地帯の中心に位置する内陸国のニジェールは、こうした移動の中継地点として、アフリカ各国からの移民・難民を受け入れています。しかしそれだけでなく、自ら移民・難民を生んでいる国でもあります。
なかでも、サハラ砂漠を北上してアルジェリアをめざすルートは大きな危険が伴いますが、物乞いのために同国へ向かうものが後を絶たず、道中で多くの子どもやおとなが命を落としています。
人々がこうして命がけで国を出る決心をする背景には、なにがあるのか。2019年6月、アグネス・チャン ユニセフ・アジア親善大使は「子どもたちが命がけで砂漠をわたるのはなぜか」という問いを胸にニジェールへ向かいました。
ニジェールでは、約半数の子どもが貧困ラインを下回る生活をしています。農業や酪農以外の産業がなく、気候変動に伴う降水量の不安定化により作物の収穫量が減少する一方、高い出生率によって世帯人数が増えており、結果として、栄養不良の子どもが増加しています。
こうした負の連鎖の背景には、児童婚や一夫多妻が一般的だというニジェールの伝統的な規範があり、社会に大きな影響を及ぼしています。
ユニセフは、子どもたちの命を守る活動にとどまらず、代替教育や女子教育、子どもや若者への職業訓練、地域全体への啓発活動といった取り組みを続けています。
本写真展では、アグネス・チャン ユニセフ・アジア親善大使が見た、開発から取り残された国ニジェールの都市部と農村部における子どもたちを取り巻く状況をご報告します。
2020年1月
(公財)日本ユニセフ協会 広報室
撮影: 三浦麻旅子
写真
上:マニュック芋の粉をもらう子ども
2段目左:地域の母親たちを集めた会の様子
3段目左:穀物をつくハジャラさんの手
右:マリアさんの3 人の子どもたち
貧困
ニジェールは産業に乏しく、国民の大半が農牧業中心の生活。気候変動で降雨が不安定になり、慢性的な食料不足が生じている。
ハジャラさんは、わずかなお金のためにひたすら穀物をつく仕事をしている。そのため手はまめだらけだ。農業に従事する夫の収入は低く、7人の子どもを食べさせるにはお金が足りない。
「何も稼ぎがない日は、子どもたちを物乞いに行かせ、私も近所の家を回る」栄養不良の子どもをかかえるマリアさんは「病院に連れて行きたいがお金がない。
2歳の息子は、これまでに5回入退院を繰り返している」と語る。16歳の娘を学校に通わせている理由を聞くと、「せめて娘には自分の生活を支えてほしいから」。
将来への唯一の望みは、ー「子どもたちが食べられること」。
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上:マニュック芋の粉をもらう子ども
2段目左:地域の母親たちを集めた会の様子
3段目左:穀物をつくハジャラさんの手
右:マリアさんの3 人の子どもたち
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上:大家族の家庭を訪問
2段目右:3人の妻たち、中央が第一夫人
3段目右:家族全員分の料理を作る第二夫人のマリアナさん。料理担当は交代制だという
左:父親のアブドゥさん(80歳)
人口増加
食料問題を抱えながら、急激な人口増加を起こしているニジェール。合計特殊出生率(女性が生涯に産む子どもの数の平均)は、6.9人と世界最多。人口の半分以上が18歳未満だ。
ニジェールで最も人口増加率が高いザンデール州(4.7%)で、3人の妻、21人の子どもと82人の孫の大家族を訪問。
大家族を持つことについてどう思うか父親のアブドゥさんに尋ねると、「私たちの文化では誇るべきこと。妻が何人もいても、彼女たちや子どもたちを食べさせられるのなら、それは良いことだ。現にいま、こうして家族の皆が支えてくれている」と話す。
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上:大家族の家庭を訪問
2段目右:3人の妻たち、中央が第一夫人
3段目右:家族全員分の料理を作る第二夫人のマリアナさん。料理担当は交代制だという
左:父親のアブドゥさん(80歳)
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上:意識不明の状態が続く、19カ月の男の子とその母親
2段目左:入院している子どもの数を示すボード。フェーズ(入院期間)に合った治療を行う。
2段目右:入院中の子ども
3段目左:新生児の子どもも入院している。
3段目右:ザンデール州では砂漠化が進み、育つ作物は限られている。
栄養
ザンデール州の病院を訪問。保健所に来た子どものなかから、重度の栄養不良の子どものみがこの病院に送られる。19カ月の男の子は3日前にこの病院にやってきた。
最低でも12kgなければならない体重は5.6kg しかなく、腕は95mm、いまも意識がない状態。
バゲ・マチドゥ 栄養アドバイザーによると、母乳から離乳食に切り替わる際に子どもは栄養不良になりやすいという。
児童婚とも密接な関係があり、女性自身が十分に成長していないと2.5kg 未満の子どもが生まれやすい。
栄養不良の解決策としては3つの段階があり、①栄養に関する啓発活動の実施。②食料問題の改善。③人口増加抑制策の実行。同時に、栄養不良の子どもたちの治療も欠かせない。
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上:意識不明の状態が続く、19カ月の男の子とその母親
2段目左:入院している子どもの数を示すボード。フェーズ(入院期間)に合った治療を行う。
2段目右:入院中の子ども
3段目左:新生児の子どもも入院している。
3段目右:ザンデール州では砂漠化が進み、育つ作物は限られている。
移民・難民
首都ニアメから東へ約900キロ、訪れたザンデール州のカンシェという地域は、ニジェール国内で最も移民が流出する地域。
若者や女性たちは、ただ物乞いをするために命をかけて北のアルジェリアに向かうが、その途中には砂漠があり、密航業者が横行。
途中トラブルが起こってしまった時に砂漠に置き去りにされ、命を落とすケースが後を絶たない。
4年前に幼い子どもを連れてアルジェリアへ向かい首都近郊で物乞いをしたズーレイさん。
「砂漠の真ん中で車から降ろされた。あまりにも暑く、歩く気力もなくなってしまった。移民は25人いたが、そのグループの2人の子どもが亡くなった」。
水がなく、子どもたちが生き延びられるように尿を飲ませるほど追い詰められた。
母親と兄弟たちとともにサハラ砂漠の中央部に位置する国境の町アーリットまで行ったが、父親に一人連れ戻されたヌミアくん(仮名)。
母親と兄弟たちは、その後アルジェリアに向かう途中、砂漠で亡くなってしまう。別れ際、母親がのこした最後のことばは「人に寛容でありなさい」だった。
3年前にアルジェリアを訪れたスエバさんに、人々はなぜ危険を冒してまでアルジェリアに行くのか尋ねた。
「何もないという感覚。たとえ砂漠で亡くなった人がいたとしても、何人かはお金を得て帰ってきた。何だってできる。ーもともと何もないのだから」
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上:カンデの家で両親に話を聞く
2 段目左:劇では、宗教的リーダーが父親を説得し娘の結婚をやめさせる物語が演じられた
2 段目右:若者を中心に構成される、村の子どもの権利委員会メンバー
3 段目左:ユニセフは伝統的リーダーとも連携して啓発活動を実施
3 段目右:結婚した少女たちは「生活が厳しすぎて、早く結婚せざるを得ない」とも語った
児童婚
ニジェールの平均的な結婚年齢は15.7歳。児童婚率が世界で一番高い国だ。15,16歳で結婚した少女たちは、「結婚したら、守られるから安心」と口をそろえる。
ユニセフは、宗教的・伝統的リーダーと協力し、児童婚を終わらせるために取り組んでいる。 さらに、地域に根差した社会教育も。ザンデール州ドゴでは、若者たちで構成される子どもの権利委員会が、村で住民集会を開き、劇などの啓発活動を行う。
15歳のカンデは、母親から学校をやめ結婚するように言われていた。「ほかの男性の子を妊娠してしまうかもしれないから」と母親は言う。
しかし、父親の説得によって結婚は中止され、学校に戻ることができた。「娘はまだ十分に成長していない。勉強を続けるべきだ」
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上:カンデの家で両親に話を聞く
2 段目左:劇では、宗教的リーダーが父親を説得し娘の結婚をやめさせる物語が演じられた
2 段目右:若者を中心に構成される、村の子どもの権利委員会メンバー
3 段目左:ユニセフは伝統的リーダーとも連携して啓発活動を実施
3 段目右:結婚した少女たちは「生活が厳しすぎて、早く結婚せざるを得ない」とも語った
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上:ナミアさん(仮名)に話しかけるサフィアさん
2段目左:施設の様子
2段目右:穀物をつくのは、女性や少女たちの仕事
3段目左:ナミアさん(仮名)の手を握るアグネス大使
3段目右:施設にあるミシンで作られた洋服
右:マリアさんの3 人の子どもたち
女性の権利
性暴力の被害に遭い、それ以来学校に行っていないという16歳のナミアさん(仮名)には、ひとつの居場所がある。女性活動家のサフィアさんが運営する施設だ。
ここは、性暴力や児童婚の被害を受けた少女たちが集まる場所。「隠し続けなくても、大丈夫だから」サフィアさんのことばに救われた彼女は「学校に戻り、自らの権利を取り戻したい」と力強く語った。
ニジェール南部の都市ザンデールでは、職をもたない若者たちがギャングを組織し、暴力を繰り返す。横行するギャングレイプの背景には貧困があると、サフィアさんは語る。
サフィアさんは、少女たちの尊厳を取り戻すため、ユニセフの支援を得て、被害を受けた少女たちに裁縫などの職業訓練をする団体を立ち上げた。そんな彼女自身も、姉が出産で死亡した後、姉の夫に強制的に結婚させられ、何年もかかった裁判で離婚を勝ち取った過去を持つ。
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上:ナミアさん(仮名)に話しかけるサフィアさん
2段目左:施設の様子
2段目右:穀物をつくのは、女性や少女たちの仕事
3段目左:ナミアさん(仮名)の手を握るアグネス大使
3段目右:施設にあるミシンで作られた洋服
右:マリアさんの3 人の子どもたち
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上:ニジェールの典型的な学校、藁葺き屋根の教室
2段目左:タブレットを導入したパイロット授業
2段目右:代替教育施設では、日本式の計算ドリルも活用
3段目左:職業訓練校に設置されたミシン
3段目右:ユニセフ・ニジェール事務所の職員と意見交換
教育
ニジェールでは、約4割の女の子が小学校に通っておらず、中学校は約7割、高校になると約9割にも達する。
「教育を受けた親の子どもは、栄養レベルや発育など、生まれた時から違いが出ている。
また、その子どもたちが教育を受けた度合いによって子どもを産む数も変わってくるはず。このサイクルを作るために、 まず子どもに教育を受けさせる必要がある」とユニセフ・ニジェール事務所の職員は説明する。
ユニセフは、学校に行けなかった9~14歳の子どもたちを対象にした代替教育や、ミシンなどを使った職業訓練の実施をサポートしている。
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上:ニジェールの典型的な学校、藁葺き屋根の教室
2段目左:タブレットを導入したパイロット授業
2段目右:代替教育施設では、日本式の計算ドリルも活用
3段目左:職業訓練校に設置されたミシン
3段目右:ユニセフ・ニジェール事務所の職員と意見交換
命がけで国を出る人々。飢えないために、男性は出稼ぎに、女性は最後の手段として物乞いに行きます。まさに、絶望のなかの行動です。そんななか、希望は見えるのでしょうか。
子どもの権利委員会など、地域での啓発活動。サフィアさんのような、少女たちを支える存在。そして何より、子どもたちの笑顔がここにあります。
まるでおとぎ話のように、伝統的な文化が大切に守られてきた世界。「習慣を変えるのは、建物を建てるように簡単な話ではない」とユニセフ・ニジェール事務所の職員は語ります。
ユニセフは、保健や水と衛生などの基本的な支援に加え、根本原因である貧困や人口増加に取り組むため、教育や職業訓練、啓発活動を進めています。
根強い問題ですが、子どもに焦点を絞って、できることを最大限にやっていかなくてはいけません。
ユニセフ・アジア親善大使
アグネス・チャン