『ブランカとギター弾き』(配給元:株式会社トランスフォーマー)は、親や信頼できるおとな(養育者)を持たない子どもたちの実情を、孤児になってしまった少女の視線を通して描いた作品です。長年、最も貧しい人々が住むフィリピンのスラム街で活動されてきた長谷井宏紀監督が、長編映画として製作された最初の作品となる本作は、フィクションではありながら、ユニセフ(国連児童基金)が全世界でその根絶に取り組むストリート・チルドレンや児童労働、人身売買など、子どもたちを脅かし、貧困の連鎖を生み、国の経済発展や社会の安定にも悪影響を及ぼす様々な問題をリアルに伝えています。こちらでは、映画の舞台になったフィリピンを例に、ユニセフの取り組みをご紹介します。
“ストリート・チルドレン”とは、路上に住む、或いは路上で生計を立てている18歳未満の子どもたちのことです。しかし、ストリート・チルドレンと呼ばれている子どもたちがすべて、一日24時間を路上で過ごしている訳ではありません。日中は路上で働き夜は家に戻る子も多く、また、一人で生活している子や、子どもだけのグループで生活しているケースがある一方、子どもたちは、定期的に家族と交流する機会を持つ子も少なくありません。
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フィリピンには、マニラ首都圏に限っても約10万人のストリート・チルドレンがいると推定されています。そのほとんどが親の怠慢や虐待から家を離れた子どもたちです。路上で生活する子どもたちは、「サンパギータ」と呼ばれる花輪を売ったり、商店や工場の手伝いをしたり、物乞いをしたり、時には盗みをして生きのびています。2013年現地政府や市民団体が実施した調査によると、マニラ首都圏の17の地方行政区で特定された5,012人のストリート・チルドレンのうち、1,263人が家族の同伴なし、3,749人が家族とともに路上で暮らしていることが分かっています。
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14歳のジョシュアくんは、弟と一緒にマニラ首都圏のパサイ市の路上で暮らしています。父親は、彼がまだ母親のお腹の中にいる時に家を出て行きました。「家には帰りたくない。友達と一緒にここにいたい。」と話します。
仕事が始まるのは、午前1時。近くの市場で野菜の皮むきをして30ペソ(0.60米ドル)。その後、少し昼寝をしてから、果物売りの屋台の周りで使用済容器やリサイクル可能なものを集め、50ペソ(1米ドル)を得ます。雨が降ると、タフト・アベニューの慌ただしい通りを進みながら、通りゆく車のフロントガラスを磨きます。
「路上で生活している僕らはみな兄弟。助け合って生きているんだ」
「一緒にファストフードのレストランに行って、誰かに食べ物を買ってもらったり、残り物をもらったりもするよ」
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ジョシュアくんたちは、他人に対して正直であるように努めています。そうすることで、路上生活の中で受けかねない悪い影響から、自分たちを守ろうとしているのです。
「おとなは、僕らを直ぐ盗人扱いするけど、僕らは決して盗みはしないよ。だからそんな風に見てほしくないんだ」
午後、ジョシュアくんたちは、数キロ離れたマニラの港「マニラベイ」に水浴びをしにやってきました。海面はごみや排泄物で汚れていますが、夏の暑い日に涼を取る唯一の方法だと言います。マニラベイには、食べ物もあります。ムール貝や牡蠣を拾い、浜辺で調理して食べるのです。
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小学校は卒業したジョシュアくんですが、有効な出生証明書がないため、中学校にはまだ入学できていません。それでもジョシュアくんは、ちゃんと中学校に通って、卒業したら船上で働きたいという夢を持っていますが、そのための支援を求めることを躊躇しています。支援を求めたら、施設に入れられる。そうしたら、弟と離れなくてはならなくなるかもしれないからです。「支援を受けたいし、施設にも入りたい。弟が一緒だったらの話だけどね」
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ストリート・チルドレンの問題が国際社会に認知されてから、既に何十年もの時が流れました。この間、様々なボランティア団体やNGO、そしてユニセフなどの国際機関や現地政府機関が、シェルターといった子どもたちが「安心できる場所」や教育機会の提供など、様々な支援を行ってきました。しかし、深刻な貧困や格差の存在が、その根本的な解決を妨げています。貧しく厳しい環境の中で生まれ育った子どもたちは、生まれ持った才能を十分に発揮するための機会を掴むことができず、「貧しさのサイクル」から抜け出せないのです。
ユニセフは今、フィリピン政府や市民社会組織と協力し、「特別な保護を必要とする家族のための条件付現金給付(MCCT-FNSP)」と呼ばれる新たなプログラムに取り組んでいます。これは、子どもへの直接的な支援だけでなく、家族が子どもを育てる力を育むことを目的とするプログラムです。妊産婦の産前産後の定期健診を含む医療・保健サービスの利用促進や、子どもたちの学校への出席率向上を目指し、それらに必要な費用の一部または全てを肩代わりします。現金給付を受ける家庭には、“子育て”に必要な様々な知識を学ぶ研修の機会も提供されます。こうした取り組みを通じて、ストリート・チルドレンなど厳しい環境下で生きる子どもたちに対する、親や周囲のおとなによる搾取や暴力といった、特に深刻な問題の根絶も期待されています。
こうした新たな取り組みが始まる一方、実は、ストリート・チルドレンの正確な数は、未だに把握されていません。どのような取り組みを進めるにせよ、その効果を測るためには基準となる信頼性の高いデータが不可欠です。長年、基準となるベースラインデータの不足が課題になっていたフィリピンですが、ユニセフは、今年初め、フィリピン政府機関の子ども福祉協議会(CWC)と共同で、ストリート・チルドレンを対象にした新たな調査の実施を決定。ストリート・チルドレンと呼ばれる子どもたちが置かれている状況が、より具体的に把握されることが期待されています。
もちろん、今、路上で生活している子どもたちや子どもを持つ家族へのケア、生活上の支援は、“待ったなし”です。いまだ支援の手が届いていない子どもたちに支援を提供できるよう、ソーシャルワーカーなどの更なる能力強化や支援団体間のネットワークの強化など、現行の様々な施策の拡充も必要です。また、代替住居の確保や再定住支援など、長期的な視点や、今までにない発想のプログラムも必要になってくるとユニセフは考えています。
出典:
UNICEF Philippine Country Office Fact Sheet- Child Protection (2016年2月)
A Journey with Children –Living and Working on the Streets in the Philippines (2011年10月)