【2016年8月28日 チュカ(ブータン)発】
ブータンでの山岳地帯のチュカ県(Chhukha)では、若い修行僧たちが、水の重要性を再認識し始めています。現地からミトラ・ラジ・ディタル(Mitra Raj Dhital)が報告します。
ティンプー・プエンショリング・ハイウェイ(Thimphu-Phuentsholing highway)を降りて、チュカ県のパガール(Pagar)に向かう悪路を進むと、畑で乾燥されている深紅色のチリが現れ、これから私たちを待ち受けている色をうかがうことができます。
そして、まわりを迫りくる丘に囲まれた人里離れた土地を8キロメートルほどさらに登っていくと、僧院の全貌とえび茶色の服をまとった小さな住民たちの姿が見えてきます。修行僧のほとんどは子どもたちで、私たちを歓迎するために駆け寄ってきます。
この騒ぎをよそに、ひとりのスパイダーマンのシャツを着た若い修行僧は、距離を置いて私たちをじっと見ていました。私が近づいていくと、落ち着かない様子を見せましたが、逃げはしませんでした。
© UNICEF Bhutan/2015/Dhital |
「名前は?」と聞きました。
「レグデン・ジュミ」
「出身はどこ?」
「ハア」
「年はいくつ?」
「5歳」
「ここは好き?」
「はい!」
彼が心を開いてくれそうな質問もしてみました。
「家や両親が恋しくない?」
「いいえ」と言って彼は宿舎の方角に走って行きました。
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この僧院には36人の若い出家した修行僧が住み、4人の教師が見守り監督しています。児童養護施設がないこの国で、こうした僧院は孤児や貧しい家庭の子どもたちの施設としての役割を果たしています。パガール僧院のほとんどの子どもたちは、宗教的な生活を経験する機会を受けさせるためだけでなく、充実した教育を受けさせるために、両親が連れてきます。遠く離れた地方から来る子どももいます。また、何人かは家庭での日々のつらい労働や絶望から逃れるために自らの意志でやってきました。
キンガ・シンリー(Kinga Thinley)君(15歳)は、両親が離婚し、母親が他の男性と再婚した後、2015年の1月に通っていた学校を中退してここにやってきました。しかし、僧院での生活は、多少の休息はあるものの、厳しいものです。
修行僧の一日は5時に始まり、勉強と決められた仕事で一日が終わります。休憩があるのは食事のときだけで、彼らの楽しみの時間です。特に昼食後は最も人気のあるスポーツ、サッカーをすることができます。
© UNICEF Bhutan/2015/Dhital |
サッカーの試合の後は、次の勉強や割り当てられた仕事に就く前に、新しく設置された水道で素早く身を清めます。
しかし、2015年のはじめに水道が設置されるまでは、小さな見習い僧たちは、僧院からかなり離れた川までいき、体を洗い、調理用の水を汲み、服を洗わなければなりませんでした。
この水道は、ユニセフの支援で、僧院委員会が実施する宗教と保健プログラムにより設置されたものです。いま、僧院には、8キロメートルの水源と貯水槽があり、常時水が供給されています。そして、厳しい冬に備えて、宗教と保健プログラムは、ユニセフの支援により、2つの湯沸かし器も設置しました。
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水道が設置されて、たくさんのことが変わりました。
「以前は、汚れた服や食器を全部川まで持っていかなければなりませんでした」と、ワンドゥフォドラン(Wangduephodrang )出身の14歳のキンリー・ドルジ(Kinley Dorji)君は言いました。「そして、外で体を洗わなければならなかったから、3週間もきちんと体を洗わないこともありました。でも、今では、毎週体を洗うし、服も洗います」
しかし、水道が設置されても、若い修行僧の間では皮膚の疾患が蔓延することがあります。ひとりの男の子は、頭皮に発疹があります。そのために、ユニセフは宗教と保健プログラムと協力して、国内各地の僧院に対して、水と衛生に関するアドボカシーと教育を開始する計画を立てています。
現時点では、学校で手洗いについて習ったことがあるキンガ・シンリー君が、修行僧全員を並ばせて、川まで行きます。そこで、適切な手洗い方法の手本を見せて、みんなは彼の合図に従って洗います。
土曜日の夜は、修行僧たちは特別に映画を観ることができます。彼らが急いで僧院に上っていくとき、ひとりの修行僧が有名なボリウッド映画の歌を口ずさみ始めました。
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「ディンカチカ、ディンカチカ…」
歌を口ずさんでいる子どもに近づきました。驚いたことに、それは、レグデン・ジュミ君でした。
「インド映画好き?」と聞くと、
「好きだよ!」と答えました。
「俳優は誰が好き?」と聞くと、
「サルマン・カン」と返事が返ってきます。
私が微笑むと、彼は私の手をとって、私の目を見ながら言いました。
「家が恋しいかって聞いたけど」
「聞いたよ」と、言いながらキャンディーをあげました。
彼はようやく笑顔になり、言いました。「家が恋しくなるのは、悪いことをして怒られたときだけ」
「体を洗わなくて怒られたことある?」
「もちろんないよ。前は大変だったけど、今は水道があって、いつでも体を洗えるからね」
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