2023年8月22日チリ発
「到着したとき、私の足はひどい状態でした」とアンドレリスさん(21歳)は振り返ります。海抜数千メートルの雪に覆われたアンデス山脈の山道を、生後1カ月半の息子ダミアンちゃんを抱き、時には氷のように冷たい水に浸かりながらも、なんとか歩いて来たのです。
アンドレリスさんがたどり着いた、チリの国境の町コルチャネにある移民家族のための一時受け入れセンターは、十数張りのテントで構成されています。ここでは、移民たちが休息をとり、医療などの基本的なサービスを受けられるように、ユニセフなどの機関が支援を提供しています。
子どものより良い未来を求めて
生まれ育ったベネズエラを離れ、5カ国を横断し、海抜数千メートルの雪深いアンデス山脈と砂漠を横断する危険な旅をしてきたアンドレリスさんたち家族は、ようやくチリの国境の町コルチャネにある移民家族一時受け入れセンターにたどり着きました。
ベネズエラでは、情勢の悪化、深刻な経済危機、食料・生活用品の不足等の理由から、多くの人が国を離れ、移住地を求めて移動しており、その3人に2人は女性と子どもです。アンドレリスさんも、家族が安心して暮らせて、子どもがより良い未来を描ける場所を求めて、移動を続けているのです。
移民の家族は、食料や水の不足を含め、旅の間に数え切れないほどのリスクにさらされています。そのリスクは、小さな子どもを連れた母親にとっては特に深刻です。
現在生後1カ月半になったダミアンちゃんも、旅の途中、生後数週間の頃に、ひどい風邪をひいていました。「危うくこの子の命を失うところでした。トラックでペルーまで行って、リマで良い治療を受けることができました」。と、アンドレリスさんは話します。治療を受けてダミアンちゃんは回復しましたが、旅を再開して間もなく、下痢などの症状が出ていました。
一時受け入れセンター内にある診療所の医療従事者が、ダミアンちゃんの状態を念入りにチェックしています。まだ4歳という幼さで、山道を抜けてきたホナスちゃんも、体調を崩していました。食べ物も口にしようとせず、ぐったりして、お腹をさすって痛みを訴えています。
この診療所では、日々到着する移民の人々、特に子どもたちを優先的に、診療しています。子どもたちの多くは、呼吸器系疾患、脱水症、栄養不良などに陥っています。
厳しいルートを通り、チリにたどり着く移民の人々
ボリビアから国境を越え、チリのコルチャネに通じる道は、移民の人々によく使われるルートで、2021年には毎日平均155人の移民(主にベネズエラ出身者)が徒歩で通過しました。
約1,600人の住民が暮らすコルチャネは、電気は通じてはいるものの断続的で、下水道インフラはなく、安全な飲料水も簡単に手に入りません。移民の人々は、灼熱の太陽、強烈な風、夜には氷点下まで下がる気温にさらされながら、何とか生き延び、コルチャネにたどり着いているのです。
コルチャネに到着した人々の支援拠点である一時受け入れセンターでは、ユニセフなどの人道支援機関が、必要な支援を提供しています。心理社会的支援や、幼い子どもたちのためのレクリエーション活動などの実施のほか、到着した人々の多くがひどい風邪や脱水症状、低体温症に苦しんでいるため、基本的な医療支援を提供し、旅を続ける移民家族には暖かい衣類、水、食料、情報を提供しています。
ユニセフ・チリ事務所のグレイソン・ドス・サントス副代表は「ここに到着する移民たちは、長い旅路を経て来ています。その多くが数カ国を渡り歩き、時には数年をかけてやってきます。私たちは、必要な書類がないために5年間も学校に通えていない子どもたちに出会ってきました。彼らはとても弱い立場に置かれています」と話します。
「勉強しなければ、人生において何も手に入らない」
ジャネリスさん(13歳)は、教師になることが夢です。でも、学校には通ったことがありません。
ジャネリスさんは5人家族で、アンドレリスさん家族と同じように、ベネズエラから南米5カ国を経由してチリにやってきました。道中は、リュックサックを背負い、時にトラックに乗せてもらったりしながら、10歳と3歳の弟の面倒を見ながら移動してきました。その間、移動の疲れをものともせず、空腹をしのぐための食べ物、寒さをしのぐための寝る場所を探す母親に協力してきました。
ベネズエラを出発して1年後、ようやくボリビアからチリに至るアンデスの山道にたどり着きました。一家は国境警察に見つからないよう、夜の闇にまぎれながら、ぬかるんだ沼地を歩いてきましたが、厳しい寒さのために、ジャネリスさんは低体温症になってしまいました。
母親のイェニファーさんが、ジャネリスさんに必死で呼びかける声を聞きつけた警察官が、ジャネリスさんを保護し、家族をチリ側の国境の町コルチャネの一時受け入れセンターに連れてきました。ジャネリスさんはここで治療を受け、家族も寝る場所や食料の提供を受けながら、2日間を過ごしました。
コルチャネに到着した移民は、沿岸部の都市イキケにある、チリ政府が運営しユニセフも支援を提供している公式避難所に、バスで4時間かけて移動します。チリにやってきた多くの移民は、首都サンティアゴへの移動を希望しています。サンティアゴでは、チリへの移民の60%以上が暮らしています。
ジャネリスさんも、コルチャネで2日過ごした後、イキケのロビトス海岸に設置された避難所にバスで移動し、家族と一緒のテントで生活をしています。
ジャネリスさんは、早く定住先を探して、未知の国で新しい生活を始めることを望んでいます。「学校で友だちが欲しいし、勉強もしたい。勉強しなければ、人生において何も手に入らないから」。
2022年時点、710万人のベネズエラ難民・移民がベネズエラ国外で暮らしており、そのうち600万人近くがラテンアメリカ・カリブ海地域の国々で受け入れられています。
長い距離を移動している子どもたちや若者は、身体的な健康問題に加え、心にトラウマを抱えることも少なくありません。ユニセフは難民・移民の子どもたちが、長い移動の途中で立ち寄ることができる支援拠点を各地に設けています。
各拠点では、心のケア支援を提供しており、子どもたちが参加できるレクリエーションや教育活動も充実しています。また、母親が赤ちゃんに母乳を飲ませることができるスペースも設けられており、家族が必要とする情報も提供しています。