エイズと偏見との闘いの中で
<エチオピア>
<2003年4月2日掲載>
ブリキティー(仮名)はアジス・アベバの貧しい一角に住んでいます。煙が充満した小屋の中で、石炭ストーブで暖をとる彼女は35歳。でも、年よりも老けて見えます。顔は青白く、体もがりがりです。ブリキティーはコミュニティのリーダーが立ち去るのを待ってから、私たち訪問者に、自分がエイズにかかっていることを告げます。自分が冒されている病気が何なのかを近所の人には知られたくないからです。自分自身でも半信半疑なのですから。
「どうしてこんなことになったのか分からないんです」しぼり出すような声でブリキティーは言います。「夫は3年前に結核で亡くなっているんですから」
エチオピアの15〜49歳の女性のうち、2001年にHIV陽性だった110万人の女性たちと同じように(UNAIDS国連エイズ合同計画の推定値)、ブリキティーは夫から感染したと考えられます。結核の症状は、エイズの症状と似ており、検査を適切にしていないと、誤診されることが多いのです。
エチオピアではセックスやエイズについて話すことは、タブー視されています。だからこそ、ブリキティーは、自分の状態を隠し通しているのです。「病気のことを隠さないとダメなんです。コミュニティーから偏見の目で見られてしまいますから」
彼女の今の心配は、15歳と13歳の二人の息子です。子どもたちは、母親がエイズで死にかけていることを知りません。「話して心配させるよりは、内緒にしておいたほうがいんです」とブリキティー。
学校に行っている二人は、水汲みを手伝いますが、料理も洗濯もできません。こうした雑事は通常、女性の仕事だと思われているからです。従姉妹が時々訪ねてきますが、それ以外は頼れる家族もいません。
ブリキティーは、それでも、自分の面倒を見てくれる「家族」を探すことができました。ヒワット(「命」の意味)というNGOです。ヒワットは、6,000人が住んでいるこのコミュニティで活動し、HIV/エイズに感染した260人、同じ病気で孤児になってしまった250人を支援しています。ユニセフは、エチオピア政府を通して、技術的/物理的な支援を提供しています。
ヒワットを通して、ブリキティーは、保健サービス、教育資材、子どもたちの学校の費用、毛布、衣類、砂糖、石鹸、穀粉などを受け取っています。病気になったときは、HIV検査をただで受けることができました。検査は、通常50ブル(約7米ドル)かかり、1日1ドル以下の生活をしている人が3分の1もいるこの国では、とても高い料金です。検査を受ける前に、個別カウンセリングを受け、それは今も続いています。
ブリキティーにとってありがたいのは、訪問看護を受けられることです。痛いところを治療してもらえるし、地元の医療機関とのやりとりも代わりにやってくれるからです。
ヒワットには、看護師が1人と、スタッフが9人いますが、多くのボランティアの力も借りています。この中にはHIV/エイズの支援グループの人や25人の若者が含まれています。これらのボランティアは、コーヒーを入れたり、衣類を洗ったり、家を掃除したりといった簡単な仕事を手伝ってくれるのです。
コミュニティのメンバーは、困った人たちを助けるための共同基金にお金を入れています。またヒワットの奨励により、地元の警察は、自分たちの給料の一部を、地元の孤児の支援に充てています。
ヒワットが成功している理由は、エイズの影響を受けている家族を、偏見や搾取から守り、母親や子どもたちを助けるような幅広い支援を行っているためです。いろいろな支援者たち(教育者、法の施行者、保健員、若いボランティアを含む)を一同に集めることができるヒワットの力は、子どもの保護を確保するという意味ではとても意義があります。
エチオピアでは、ヒワットのようなNGOが何百と活躍しています。エチオピア政府は、HIV/エイズ感染者をケアし、支援するため、このようなコミュニティ中心型の組織の能力強化を優先させてきたのです。これは、2002年に始まった5カ年にわたるHIV/エイズ共同プログラムの一環で、ユニセフの支援を受けているものです。
このような支援は、2001年の段階で、650万人のうち、210万人がHIV/エイズに感染している国(UNAIDSの統計による)では重要な位置を占めます。世界では現在、4200万人がHIV/エイズに感染しています。エチオピア政府はアジス・アベバでのHIV感染率は国内のほかの地域の2倍以上にのぼっているのではないかと推測しています。
エイズを発症した人たちへのコミュニティを中心とした支援は、残された孤児たちへのケアがより改善されることを意味しますが、これはエチオピア政府のもう一つの優先事項です。エチオピアは、アフリカでも孤児の人口がもっとも多く、増加率も高いのです。HIV/エイズが原因で孤児になった子どもは100万人近く。UNAIDSは、2010年までには、この数値が倍になるのではないかと予測しています。
ブリキティーのような既婚者間の感染が、孤児の人口を増やしているという実態があります。「エチオピアでは、夫が3〜4人の女性を妻として持ち、エイズを妻たちに移しています」ヒワットを1999年に創設した看護師のティベベ・マコは言います。「(女性の患者の)多くは、(エイズを発症してから)1年以内に命を落とします。感染、貧困、そしてエイズがもたらす偏見によって、こうした女性たちの状況はますますひどくなっています」
ヒワットはコミュニティの中で、エイズについての関心を高め、感染を防ぎ、そのインパクトを悪い方向に持って行くような差別感をなくすために頑張って活動をしています。
「偏見は少なくなっていますが、完全になくなっているわけではありません」フルアゲリシュ・エシェテ(24歳)は言います。彼女は、今ヒワットでボランティアとして働いていますが、家庭中心のケア、保健教育、家族計画などについての研修をほかのNGOで受けてきました。彼女は1人のエイズ孤児の話をしてくれました。この男の子は地元のNGOの支援で幼稚園に行ったのですが、園児や先生たちが避けて回ったために、HIV陰性であることを証明するために検査をしなければなりませんでした。「村人の多くは、お母さんがエイズだったから、その子どもも自動的にエイズにかかるだろう、と思い込んでいるんです」と彼女は言います。
ヒワットのようなNGOは、エチオピアがHIV/エイズ危機を終わらせるための第一歩を踏み出す手伝いをしています。過去数年の間、ユニセフは、エチオピア政府が国家的なHIV/エイズ政策や計画を作り、それを実行していけるよう、技術的な助言、そのほかの支援をおこなってきました。これは特に、若者向けのエイズ予防活動などによく見ることができます。
若者たちにHIV/エイズの知識を広め、自分たちをその恐怖から守る方法を教えてきたこと、また、国中の何千もの学校で設立された反エイズ・クラブに対して強い支援があったこと、こうした活動のおかげで、ブリキティーの子どもたち(そしてその子どもたちが将来結婚するであろう相手)は、母親を死に追いやってしまった病気から身を守ることができるようになるでしょう。
こうした努力は、すでにその成果を見せはじめており、アジス・アベバの女性のHIV感染率は、1998年から2001年の間に3分の1も減っています。(UNAIDS推定)
HIV/エイズ・プログラムを監督し、調整するために、政府は2000年に国家エイズ委員会を設立しました。これにはユニセフの技術支援と財政的な支援が入りました。
このように、コミュニティ・レベルから国家レベルまでの幅広いアプローチは、世界中の国々が合意したミレニアム開発目標のひとつ「2015年までにHIV/エイズの拡がりをくい止める」という目的を達成するための重要な方法になります。
こうした努力は、ブリキティーの命そのものを救うには、遅すぎますが、残りの日々を尊厳をもって過ごすことを可能にしています。そして、残された二人の息子たちも、きちんとしたケアのもとで育つことができるのです。
「母親ですから、もちろん心配しています」ブリキティーは言います。「でも、この組織が、二人の面倒を見てくれそうだと思うと、少しは安心なのです」
2003年3月16日
ユニセフ・エチオピア事務所(アジス・アベバ)
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