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南/中部イラクの5歳未満児の栄養状態の概要
- Ⅰ. 序文
- 1990年代を通して見られた5歳未満児の栄養不良の悪化に変化が表れている。下記に見られるように、2002年2月にユニセフの支援によって実施された調査から得られた暫定数値は、子どもの慢性栄養不良が1996年の水準の30%近くまで低下した上、今や急性および一般栄養不良は同年の半分以下であることを示している(表1)。この低下は、イラクでユニセフが行った対象を絞った子どもへの栄養プログラムを含む全体的な人道支援によるものと理解することができる。このような進歩にもかかわらず、子どもの栄養不良の現在の水準は1年間の経済制裁後すでに上昇していた1991年の水準と比べると、依然高いままである。したがって、イラクの子どもの栄養不良を減らすためにはすべての関係者のさらなる取り組みが必要である。
非常に高い割合の栄養不良と死亡の要因は、2つの大きな戦争(イラン・イラク戦争、湾岸戦争)と10年以上に及ぶ包括的な経済制裁の結果によって、電力網や給水設備のようなイラクの主要インフラが崩壊したことにある。南/中部イラクにおいて、子どもの栄養不良の割合は石油と食糧交換プログラム(Oil
for Food Program: OFFP)以前の1991年から1996年まで着実に増加した。慢性栄養不良は18.7%から32%まで増え、低体重は9.2%から23.4%へ跳ね上がり、急性栄養不良は3%から11%まで増加した*。
- *注)
- 急性栄養不良(身長相応の体重):
食糧購入の急速な減少、または感染病による食糧入手の阻害のような深刻かつ最近始った困窮状態によって生じた急性消耗性の指標。
低体重(年齢相応の体重):
慢性・急性栄養不良(これらのどちらか一方あるいは両方が低体重を招く)の複合である一般栄養不良の指標。栄養状態の評価で最も広く理解されている指標。
慢性栄養不良(年齢相応の身長):
「発育阻害」の指標で、一般的に長期栄養不良の一因となる。この種の栄養不良は貧弱な肉体的・知的発達と成長を招く。不利な経済状況、貧弱な健康、食糧摂取やケアの不足によって育てられた子どもに、蓄積された有害な影響を与える。発育障害は急性栄養不良や低体重栄養不良以上に低下させるのに時間がかかる。
表1 南/中部イラクの子どもの栄養不良の傾向(1991−2002)
- *データの出典と標本サイズ:
- 1991: ”Health welfare in Iraq after the Gulf crisis”,
International study team (Harvard University), 9,034
households.
1996: Multiple Indicator Cluster Sample(MICS-1996), UNICEF, Central
Statistifcal Organization of Planning Iraq (CSO), and Ministry
of Health (MOH), 6,375 households.
2000: MICS-2000, UNICEF, CSO, and MOH, 13,430 households.
2002: Household Nutrition Status Survey, UNICEF, CSO, and MOH,19,200
households.
多くの要因は相互に影響し合い、子どもの栄養状態に影響を及ぼす。いくつかの要因は関係がないようだが、他の要因と結びつくと子どもの栄養不良率に大きな影響を与える。例えば、電力発電の改善は、最初は栄養と関係があるようには思えないかも知れない。しかし、電力は水処理設備による飲用に適した水を供給するために不可欠である。もし子どもたちがきれいな水を利用できないなら、子どもたちは栄養不良の原因となる病気に感染しやすくなる。このような理由から、栄養不良は子どもの福祉を表す包括的な指標であると言える。というのも、栄養不良は社会の多くの分野の機能に依存しているからである。
南/中部イラクの栄養不良を改善すべくこれらの異なる要因がどのように結びついているのかを提示するため、本文書は子どもたちの栄養状態の改善を阻む原因となっている直接的、潜在的、基本的な要因を見直すためのユニセフの栄養概念の枠組を用いる。潜在的な原因は水やトイレ、保健や教育のような社会サービスの現状を反映するが、直接の原因は病気や不適切な食糧摂取を挙げることができる。最終的に、基本的原因は国家の資源、政府や社会組織(女性の立場を含める)の管理や配分の問題に関わる。
Ⅱ.改善の直接の理由
- 食事摂取の改善と幼児期疾病の低下は、子どもたちの栄養状態の改善に不可欠である。加えて、保健省からの感染症に関する公共機関の統計は、疾病率の全体的な低下、コレラ、麻疹、下痢の低下傾向を示している。とりわけ、子どもたちの栄養不良の原因となり、またそれを悪化させる麻疹は、1998年(28,571
件)から2001年(452件)まで著しく低下した。
- 1996年以降、対象を絞った子どもへの栄養プログラム(TNP)は、保健サービス提供者の数と保健施設で提供されるケアの質において驚異的な改善を見た。1999年と2001年の間に、年を追って平均110万人の5歳未満児が地域子どもケアユニット(CCCU)によって栄養不良の検査が行われた。しかし、健康診断を受ける子どもたちの数は著しく増加しており、2002年の上半期には50万人が検査を受けた。さらに注目すべきなのは、母親に自分の子どもをの検査の動機づけに使われていた高タンパク質ビスケット(HPB)が、2001年の春以降非常に供給不足にあったという事実である。CCCUの5歳未満児の出席率がこの期間低下しなかったということは、親たちはHPBがなくても栄養教育を受け続けたということである。つまり、家族が自分たちの子どものケアに関して得た情報は子どもの栄養不良の低下に非常に貢献しており、これはHPBによって供給される補充カロリーと同じくらい重大で、子どもの長期的福祉にとってはより重要なものであることが明らかである。
- 出生後6ヶ月間の母乳育児に重点を置くという授乳促進も同様に改善した。一昨年、この期間に母乳で育てている母親は17.1%と非常に低かった。現在のところ、その数はさらに高い30%まで増加している。ユニセフが支援する授乳促進活動は授乳プログラムの成功のための10カ条を実施しながら、31の赤ちゃんに優しい病院を認定するに至った。加えて、授乳に関して母親の相談に乗る保健員の広範囲な訓練が行われた。それでもなお食糧詰め合わせバスケットの中の粉ミルクの存在は母親が母乳を与えるのを阻み、またしばしば汚い水と粉ミルクを混ぜることによって栄養不良を引き起こしている。したがって、この地域では特に強力なCCCUプログラムを通してさらなる取り組みが行われるべきである。
- ここ4年間でCCCUの総数は1997年の600から2002年半ばの3,000まで増えた。CCCUはボランティアが地域のすべての5歳未満児を健診し、栄養不良の子どもを持つ母親に保健教育とカウンセリングサービスを提供するTNPの土台である。栄養不良状態のある人々のために設置されたこれらのCCCUは、検査や治療のために公共保健センター(PHC)を照会される。深刻な栄養不良の場合、子どもたちは全国63の栄養回復センター(NRC)を照会される。548の主要PHCのすべてはTNP活動を実施している。総計1万3千人のCCCUボランティアが、栄養不良の子どもたちの快復と健康診断、発育のモニタリング活動に関する訓練を受けた。
- これはモニタリングと教育活動の両方が栄養不良の減少の決定的な要素となっているという事実をあらわしている。
Ⅲ. 改善の潜在的な理由
- 潜在的な要因には、人々にとって必要不可欠な保健社会サービスの利用を増加させた社会基盤の拡大が挙げられる。
- 政府が分配する食糧バスケットの栄養分は、OFFP以前の1日1人当たり平均1,090カロリーから2002年6月末で2,215カロリーへ増加した。イラク政府の食糧配給計画は非常に効果的で、世界最大の食糧分配プログラムである。
- PHCによる9ヶ月から12ヶ月の幼児への予防接種のカバー率は1996年から2001年まで90%越えを維持している。これはワクチン戦略により1998年(79%)、2001年(78%)と低下した麻疹を除いているが、2000年および2002年に行われた全国規模の麻疹予防接種キャンペーンでは5歳未満児のカバー率を96%まで増加させた。ユニセフは訓練や教育活動と同様に、全てのPHCで下痢による脱水症を防ぐ経口補水療法(ORT)のコーナーを設置することも支援している。これは2000年にORT利用率が99.1%という非常に高い結果を生み出した。
- 2002年半ばまでに、国連によって追跡記録された病院や薬局の基礎的な薬の在庫レベルは80%まで上昇した。また、製薬企業SAMARAの生産能力は1995年の5%から2002年の50%まで上昇し、さらに子どもの福祉に貢献することとなった。
- 現地会社の生産性や効率性の増加も1つの要因である。南/中部の現地の小麦や麦刈りは、2000年の59万メートルトンから2000年にはこれのほぼ3倍に相当する160万メートルトンまで増加した。これは3年にわたる深刻な干ばつが2000年に終わり、降雨が2年続いたためである。その結果、食料品と食料品以外の商品の価格は、2000年7月のID10,000(イラクディナール)から2002年7月にはID7,000(イラクディナール)まで下落した。小麦粉、トウモロコシの生産も2002年には前年より20%から40%へ増加し、毛布や紅茶、植物性油脂は工場に生産を依頼された。これらの全てはFAO(国連食糧農業機関)が支援する農家への拡大サービスの増加と、WFP(世界食糧計画)によって支援されている強力かつ信頼できる全国の食糧配給の管理と配分システムと密接に関係する。
- 重要なポイントとして、水の供給に直接影響を与える発電の不足は、1996年の3,000MWから2002年に2,100MWへと減少し、900メガワット(MW)となった。
- 5歳未満児の下痢の件数は1998年から2001年の間に19%低下した。主要要因の1つは水の質、配分能力の改善である。
⇒ 都市部における飲料水の利用は、1997年の166 l/c/d(1人1日当りの給水量) から2002年には197 l/c/dまで増加した。同じ時期の農村部における60
l/c/d から86 l/c/dまで増加した。バグダッド市用の水処理設備(WTP)の水供給率 はおよそ210 l/c/dに安定している。
⇒ 水の浄化に不可欠な塩素の生産はバスラの塩素工場で極めて増加した。この性 能向上はUNDP(国連開発計画)の支援によって達成されたものである。
- しかしながら、全体のところ安全な水のカバー率は近年著しく改善したわけではない。(Ⅴを参照)
Ⅳ. 改善の基本的理由
- 国連安保理決議のいくつかの主要な変更は、南/中部の子どもの栄養不良を改善させた基本的要因となった。
これらは:
⇒ 国連安保理による石油輸出の上限解除は、人道物資の輸入のための財源確保を 可能にした。
⇒ イラクが輸入できる物資の目録を拡大することも肯定的な効果をもたらし た。
- Ⅴ. 今後の課題
- このような成果にもかかわらず、イラクの子どもの栄養不良の水準は1991年時よりも依然高く、1年目の経済制裁も施行されていた。すでに子どもの栄養不良率は悪化している。
特に次のような分野において、引き続きあるいはさらなる努力が必要である:
対象を絞った栄養プログラム:
- TNPが見直され、強化地域が選別された。これは、より参加型の訓練方法を用いた、母親の栄養不良管理に関する教育により重点を置いた、保健・保護員のより多くの定期的会合を通してモニタリングを改善する保健員訓練の改善を含む。しかし、利用可能な資金に限りがあるため、プログラムの強化は2つの県のユニセフの通常国別援助で行われているだけである。この強化プロジェクトは拡大する必要がる。
- 高栄養価ビスケットと治療用ミルクの利用を改善する。高栄養価ビスケットと治療用ミルクは、栄養不良にある子どもの快復に極めて重要である。これらは覚書のもとイラク政府によって調達される。しかし、援助物資は不規則で、1年以上の間何も国内に到着していない。援助物資が不規則である理由は、注文を確認する際の援助物資の不履行や遅延が挙げられる。これら援助物資の品目を拡充する必要がある。そうしなければ、早期にこれらの物資を利用して快復しなかった子どもは死亡する可能性が高くなる。
食糧:
- 5歳未満児や妊婦、授乳中の女性がいる家庭に対し、食糧供給を行うための追加食糧が必要である。
水とトイレ:
- 家庭レベルで飲料水の利用を改善する必要がある。農村部における安全な水のカバー率は、都市部が94%から92%に減少した一方で、1997年以降41%から47%に増加した。飲料水へのアクセスは老朽した水分配設備の取り替えを加速させ、水浄化設備の水の供給を増やすことで改善するはずである。
- バクダッド市のごみ収集率は425万人の都市人口で1日1人当たり1.5kgから、560万人—深刻な保健被害や水質汚濁の原因—の人口で1日1人当たり0.5kgへ減少した。
- 推定500.000メートルトンの未処理下水が毎日イラクのきれいな水脈に放出されている。GOIはイラクの水分配ネットワークを回復するための取り組みを強化しているが、下痢の件数は汚水の浄化処置や除去が行われるまで著しく減少することはないだろう。
教育:
- 子どもの健康と栄養の長期的改善にとって不可欠であるにもかかわらず、教育はOFFPのもと他の分野と同じほどの大きな効果は出ていない。したがって、教育、特に女の子の教育は今後優先的に取り組むことが必要不可欠である。
- ?. 結論
- イラクにおける子どもの栄養不良の回復は、多数の分野にまたがる多くの要因の結果である。しかし、子どもの栄養不良率を経済制裁前の水準に下げるためにはさらなる取り組みが必要である。そのため、今後も継続して複数分野の協力と草の根レベルの人々の教育に焦点を置くことが必要となるだろう。
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2002年11月 ユニセフ・イラク事務所
翻訳:(財)日本ユニセフ協会 |
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