【2015年11月12日 東京発】
11月12日、ユニセフ現地報告会「危機の中の教育—シリア難民最大の受入国、トルコからの報告−」がユニセフハウスで開催され、ユニセフ・トルコ共和国事務所で子どもの発達と教育部門のチーフを務める近藤智春さんが、多くの難民を受け入れるトルコにおけるユニセフの取り組みを報告しました。
現在、シリア危機においてシリア国内で影響を受けた人は1,200万人(半数は子ども)に上ります。また国外に逃れた難民のうち、トルコにおいて「一時的な保護下にある」と登録されたシリア人は10月時点で207万人と、2015年4月から30万人増えました。 難民の急増を受けて、2011年以降トルコ政府は難民キャンプを設置し、現在そのキャンプには約26万人が居住しています。一方、キャンプではなく地域のコミュニティの中で暮らす難民は181万人に上ります。シリア難民は5年間にわたる危機によって生活への希望を失っており、トルコ政府も難民をどこまで支援できるかを重要課題としています。現在、難民の多くは都市部(アンカラやイスタンブール)へ仕事を求めて移住するほか、沿岸部の港からギリシャ、ヨーロッパに流れています。
c UNICEF/NYHQ2014-1702/Yurtsever |
トルコ国内で一時的保護下にある難民207万人の半数を占める子ども(0〜18歳)のうち、就学年齢(6〜18歳)にある子どもは今年6月で60万人と推定されており、そのうち39万人が学校へ通学できていないのが実情です。家族が収入を得られない状況で一部の子どもたちは労働に流れています。トルコ国家教育省は、シリア難民の子どもたちへ教育の機会を提供するため、2014年9月から新制度を開始し、シリア難民の子どもたちでも条件を満たすことでトルコの公立校へ通えるようになりました。 しかしアラビア語を母国語とするシリア人は、トルコの母国語であるトルコ語を習得する必要があります。2014〜2015年の時点で21万人いるシリア難民の生徒のうち、公立校で学習する生徒は3万5,000人に留まっています。政府は公立校での受け入れに加えて、新たに一時的教育施設(Temporary Education Centre:TEC)を開設し、難民の子どもたちは①公立学校 ②難民キャンプに設置されたTEC ③地域内のTECを通じて教育を受ける機会を得られました。TECでは、教育省に認められたカリキュラムを使い、シリア人のボランティア教師によって授業運営が行われています。 現在、難民キャンプに設置されたTECでは居住者の子どもたち9万人のうち90%が就学を実現している一方で、地域コミュニティに設置されたTECに通学する子どもは全体の25%(10万人)に留まると推定されます。こうした子どもたちへは現在パートナー団体とともに学校外での授業を行うことで、日々の生活に役立つことを教えています。
c UNICEF/MENA2015-00019/Yurtseverr |
難民を受け入れている公立校では、トルコ人生徒との使用言語の違いのため、午前中はトルコ人の生徒へ、午後は難民の生徒へ授業を行う「ダブルシフティング」を行っています。これによって定員の倍の子どもたちが授業を受けられるようになりました。ユニセフは学校運営への協力や備品の補助を行っています。加えて、難民のボランティア教員へ研修を行い、彼らが難民の子どもたちへ、現在の危機的な状況下でどのように暮らしていくかを教えられるよう、養成しています。さらに、難民の子どもたちの相談役となるスクールカウンセラーを公立校だけでなくTECにも配置できるよう研修しています。今後の課題の一つは、彼らが12年間の義務教育課程を終えた時、トルコ人の生徒と同じように修了試験を受け、大学に入学できる仕組作りであり、ユニセフはそうした仕組み作りにも協力しています。ユニセフは、難民の子どもたちが受け入れ先の国でも自立し、社会に貢献できることを目指しています。
c UNICEF Turkey |
ユニセフはトルコで暮らすシリア難民の子どもたちがトルコ語を学ぶと共に母国語であるアラビア語を大切にすることを重要視しており、今後教育カリキュラムの充実も課題となります。教育において重要なことは、ただ学校へ通うだけでなく継続して学ぶこと、そして勉強の成果を得られることです。トルコで暮らすシリア難民の子どもたちは新しくできた教育システムにより、学校で成績表を受け取ることができました。こうした教育システムの強化を求められています。 さらに、シリア難民であるボランティア教員への支援として、ユニセフは2015年10月よりインセンティブ(報酬)の支給を始めました。トルコでは現在の制度上、シリア人居住者は労働許可証が発行されないために給料を得ることができません。今回の支援により多くの教員から喜びの声が聞けました。 ユニセフはこれらの活動を通じて、シリアに失われた世代を作らないよう、取り組みを続けています。
c 日本ユニセフ協会/2015 |
現在ヨルダンに居住しているシリア難民は63万人に上り、約半数が18歳未満の子ども、また全体の4分の1は5歳未満児です。ヨルダンで生活するシリア難民の82%(52万人)は、難民キャンプではなく、一般居住地域で暮らしています。一方、ヨルダンに現在5カ所ある難民キャンプのうち、最も大きなザータリ難民キャンプでは、当初想定された定員6万人のスペースに8万人もの難民が暮らしているような状態です。
こうした状況下、推定7万7,000人の子どもたちが学校に通えていないとみられています。昨年は約9万人だったことを考えればいくぶんかの前進がみられますが、依然として多くの子どもたちが学校に通えていません。また、ヨルダンは中進国のために物価や社会保険の費用が高い上、人道支援に必要な資金の深刻な不足によって十分な支援が届けられておらず、シリア難民たちは厳しい生活を強いられています。
子どもの発育や教育には、子どもたちが十分に栄養を摂取し、健康に生活を送ることができることが重要です。ユニセフは基本的な予防接種や母乳育児の推奨を通じて、子どもの命を守るプログラムを実施しています。また、さまざまな支援を効率的に提供するため、「総合的なプログラム」も実施しています。例えば、5〜24歳を対象とする総合的なケアセンターで、心理ケアや水、保健、衛生、栄養、教育、子どもの保護、ライフスキルなどの支援を統合して提供するようにしています。また、日本のように学校保健を充実させ、学校で健康診断や栄養指導、貧血検査、歯の検診などを行い、子どもたちが集中して学校で勉強をできるようにする取り組みも行っています。このような支援を行っていくことで、子どもたちが学校に行きたいと思うようになったり、家族の人たちも、子どもたちが学校に行けば包括的なサービスを受けられると考えるようになり、学校に通う子どもたちが少しずつ増えていきます。
ヨルダンに逃れてくるシリア難民の中には、難民登録の認可が下りない人もいます。なかには妊娠中の難民の女性がなかなか入国できず、国境付近で出産する例もあります。ユニセフは、出産まで3カ月に迫る妊婦や生後6カ月未満の子どもは、無条件でヨルダンに入国できるように働きかけていますが、必ずしもすべての人が入国できるわけではありません。シリアの国内で新生児ケアを行える人は不足しています。シリア難民の女性たちが誰からの医療補助もなく出産することがあってはいけません。しかし現実には、助産師の介助もなく出産するケースもあるのです。
ユニセフは万が一に備え、国境地点に新生児用のキットを届けています。出産直後にヨルダンに入った母親と赤ちゃんがこのキットを使用している姿を目にし、支援が届くべき人の手に届いたことを目にしたときがほっとする瞬間だと、佐藤さんが語ります。
現在レバノンに居住するシリア難民は、公式、非公式を合わせて150万人に上ります。この難民たちを含め、レバノンに居住する320万人もの人々がシリア危機の影響を受けており、このうち推定120万人が子どもたちです。レバノンでは現在、全人口の4分の1が難民になると見積もられており、これは世界でも類を見ない状況です。
レバノンは難民条約に批准していないため、シリア難民は「避難民」として扱われ、公式な難民キャンプも設置されていません。そのため、非公式な居住地区に18万人のシリア難民(シリア難民全体の15%)が居住していると見積もられており、残りの人々はレバノンの一般居住地域に家賃を払って住んでいますが、多くの人々は住居環境が十分に整っていない地域で生活しています。
その上、2015年5月からレバノンでは正式な難民登録が保留となっており、シリア難民のレバノンへの入国も特別な条件を満たさない限り認められない状況にあります。仮に入国しても、難民は毎年、在留届けの更新に高額の費用を負担し、さらに15歳以上の人々は「国内では働かない」という証明書への署名が必要なため、労働による収入を得られません。
ヨーロッパへのシリア難民の流入の背景には、このような厳しい生活状況や深刻な資金不足による人道支援の遅れなどがあるといいます。また、その他にも、平和が再び戻るという希望を持ち続けられないこと、物価の高さや家賃支払いで生活費が圧迫されていること、収入源が限られていること、在留届の更新の問題、教育の機会が限られていること、治安の問題などが主な原因として考えられると大澤専門官は語ります。
約50万人を占めるシリア難民の学齢期の子どもたちのうち、学校に通えている子どもは半数に留まっているとみられています。トルコの公立学校と同様、レバノンの学校でも午後からシリア難民の子どもたちを受け入れ、学びの機会を提供しています。しかし、シリアと同じくアラビア語を公用語とするレバノンですが、授業で使われる言語は英語やフランス語です。そのため、アラビア語教育を受けていたシリア難民の子どもたちには大きな壁となっています。
こうした環境のなか、ユニセフはレバノン政府と協力し、子どもたちが継続して学校に通えるようにするための事業として、安全で生徒にやさしい学校づくりや子どもたちへの心理的ケアを行っています。また、退学の理由として体罰や教員からの言葉の暴力を挙げる生徒が多いことから、学校に通えていない半数の子どもたちに対しても、教育と保護の部門が協力をして、学習支援や心理的ケアを地域のパートナー団体と提供しています。ユニセフはこのような活動を行う「子どもにやさしい空間」も設置しており、毎年10万人の子どもたちにサービスを提供しています。さらに暴力や虐待のない安全な環境づくりに向けた情報提供や啓蒙活動を行い、今年20万人の子どもたちと8万人の保護者にメッセージを届けることができました。
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シリア危機が長期化するなか、紛争や暴力から周辺国に逃れたシリア難民の子どもたち。しかし周辺国に逃れてもなお、多くのシリア難民の子どもたちが教育の機会を手にすることができず、困難な状況に直面しています。ユニセフは保健や栄養、水と衛生などの支援活動と共に、教育や保護を通してシリアの子どもたちの将来、そしてシリアの未来を守る活動を続けていきます。
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