<2001年8月21日>
子どもたちに必要なもの、それは平和。
<ヨルダン川西岸とガザ地区>
パレスチナ人自治区、ガザの南部にあるハン・ユニスに、Mouad、Haissama、Islamという3人の子どもがいます。Mouadは11歳、アルカララという小さい村に暮らしています。Haissamも11歳で、町に住んでいます。Islamは12歳で、難民キャンプが住まいです。
この3人を結びつけているのは、絵を描くことへの情熱です。MouadとIslamは自然を描くことが好きです。 樹木、とくに花は「匂いが良くて」、「身近にある」から好きなのです。Haissamはサッカー選手のプレーを描きますが、それは彼自身プロのスポーツ選手になることを夢見ているからです。
しかし、この3人はかつては、全く別の絵をを好んで描いていました。ほんの1か月ほど前まで、彼らは「殺されたり、けがをした人たち、飛行機、ヘリコプター、戦車」とHaissamが説明するような、インティファーダ(イスラエルに対する抵抗運動)の場面を絵にしていたのです。
彼らに何が起こったのか?
2001年4月、Mouad、Islam、Haissamの3人は、ハン・ユニスにある「アル・モンターダ・ヤング・サイエンティスト・クラブ」の絵のクラスに入りました。このクラブは、やりがいのある楽しい活動を通じて、子どもたちが問題解決しながら思考能力を伸ばし、論理力をつけることをめざしています。センターを初めて訪れた人は、たった10歳の少年2人がチェスをしているのを見て驚くでしょう。それは武力衝突が日常化している昨今、とくにハン・ユニスでは珍しい光景なのです。
ハン・ユニスは、イスラエルとパレスチナの紛争に翻弄されている地域です。とくにガザ地区最大の入植地のひとつ、グーシュ・カティフの近くにある難民キャンプの南端付近では、暴力が幅をきかせる恐ろしい場面が何度も目撃されています。パレスチナ人の家は多くが破壊され、貧困の度合いもきわめて高い地域です。地元住民は経済的に自立することができず、国際援助に頼ったり、イスラエル側での不定期な仕事を当てにするしかありません。ハン・ユニスでは、町と難民キャンプ、住民と難民の区別もほとんどつかない状況です。
武力衝突や攻撃がしょっちゅう起こるハン・ユニスは、パレスチナのなかでも最も危険な地域になっています。
2000年9月にインティファーダが起こってから、アル・モンターダ・クラブの代表を務めるナセルは、あることに気づきました。以前は何時間でもチェスを続けていた子どもたちが、少しも物事に集中できなくなったのです。子どもたちは恐怖におののき、落ち着きをなくしていました。そのうえ「テレビや町で見たインディファーダの状況を、一度話しはじめたら止まらない」のです。また子どもたちがどんな遊びをするときも、かならず暴力の要素が入っていることにナセルは気づきました。たえず緊張が続く状態から、子どもたちを精神的、心理的に「逃がして」やり、年齢にふさわしい活動をさせたい——それがクラブの目的になりました。「子どもたちは思いきり遊んだり笑ったりして、子どもらしく過ごす権利があるし、その必要があるのです」とナセルは力強く語ります。当たり前のことですが、でもここではそれを教えてなくてはならないのです。
アル・モンターダ・クラブはユニセフの支援を受けて、8歳から14歳までの子どもが興味に応じて学習できるワークショップを開設しました。作文、伝統舞踊のダブケ、算数、理科、ゲーム、スケッチなどさまざまなワークショップがあります。参加している子どもは全部で180名、そのうち60名は難民キャンプ、残りは町や周辺の村々から通っています。先に登場した3人は、みんな家が破壊されてしまいました。
Mouad、Islam、Haissamの3人は、毎週木曜日と金曜日に開かれるスケッチのワークショップに1か月間通いました。「新しいことが学べるから、とても楽しかった」とMouadは語ります。Haissamも、「それまでは絵の描きかたを知らなかった。でもいまは家でも描いてるよ」と得意そうです。Islamはワークショップが始まった最初から、もう上手に描けていました。「でももっとうまく描ける方法がわかったし、自分の考えをもっと正確に表すことができる」
しかし、大切なのは絵を描く技術だけではありません。教師のジャマルはこう語ります。「子どもたちには、現実を別の視点で見ることを学び、暴力から解き放たれた精神をはぐくんでほしい。世界を見つめるもうひとつの目を持ってもらいたいのです。絵を描くには、喜怒哀楽や感覚、技術、考えをひとつにまとめあげる作業が不可欠なのです。」それは同時に、精神を解放し、自分の個性を作りあげ、ほかの人たちとの関係を深めていくための方法でもあります。ジャマルはクラスを2つに分け、いっぽうにはひとりずつ絵の描きかたを教え、個々に作業させました。もういっぽうは集団学習の方式で数名ずつのグループを作り、子どもたちはみんなでテーマを決め、共同で絵を描かせてみました。
何週間か続けるうちに、ジャマルは子どもたちの行動が目に見えて変化してきたことに気付きました。「最初は引っ込み思案で自信がなく、みんなとなじめなかった子どもが、少しずつほかの子といっしょに作業するようになり、心を開いておしゃべりするようになりました。」変わったのは態度だけではありません。関心の対象も変化しました。以前はインティファーダのことばかり描いていた子たちも、家や花、自動車、風船が題材の中心になりました。
パレスチナでは若い世代の8割以上が、昨今の暴力的な対立により心理的な悪影響を受けており、恐怖におびえながら苦しい生活を強いられています。ビルゼイト大学の調査(2001年5〜6月)によると、ガザ地区の子どもの81%、ヨルダン川西岸地区の子どもの70%が、心理的苦痛の徴候を示しています。これはつまり、両地区を合わせた260万の人口のうち、130万人の子どもたちに心理的なケアの必要性があるということです。眠れない、不安があるといった子どもの行動の変化に、親も気づいています。激しい対立が続けば続くほど、子どもの心身の発達や安全は脅かされてしまいます。和平がすぐにでも実現しないかぎり、子どもが子どもらしく過ごす権利は奪われていくばかりなのです。
そこで現在ユニセフは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区で心理社会的なリハビリテーション(回復)プロジェクトに最重点を置いて活動しています。すでにソーシャルワーカー200名をはじめ、ボランティア175名、幼稚園の教諭2,400名が訓練を受けました。また教師1万6,000名、子どもの親5万人にも、心理的な支援の第一歩について解説したユニセフのパンフレットを配布しました。またユニセフは、アル・モンターダ・クラブのほかにも、各種プロジェクトを支援しています。これまで25以上の政府および非政府組織が、ユニセフの支援を受けました。
短期的には、パレスチナの子どもたちが安心と喜びをふたたび取りもどすことが急務です。しかし同時に、子どもたち自身の持っている回復力を養い、環境への適応力を強化する長期的な戦略も必要です。そのためには、心理社会的な支援と精神衛生に関する国レベルの政策を定めなくてはなりません。
子どもたちにとって道案内となるような支援が必要です。でも何より平和が必要です。残念なことに、ジャマルやナセルも現実を認めざるを得ません。「私たちの活動によって暴力の激しさをしのぐことはできません。子どもたちも家に帰れば、暴力に支配されてしまうのです」
レクリエーション活動や、心理社会的な支援、未来に向けた戦略的な計画作りは、子どもたちにふさわしい環境、Islamが絵に描くような樹木と花でいっぱいの環境を整えるために、ユニセフが何よりも優先させていることです。
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