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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたち

キルギス:もう家族と離れ離れじゃない
−ミノルク村の子どもたち

【2007年7月17日 キルギス・ミノルク発】

© UNICEF Kyrgyzstan 2007/Dubanaev
家族と一緒に暮らしながら新しい学校 へ通うミノルク地区の村の子どもたち

キルギスのミノルク地区の中学校は、一番近くても16キロも離れたところにあります。この学校へ通うため、ミノルク地区の子どもたちは、10歳になると住み慣れた家に残るか、それとも大切な教育を受けるか、どちらかを選ばなければなりませんでした。しかし、今では学校へ通うために家族と離れる必要はありません。これは、この小さな村の歴史の中で初めてのことでした。

「私たちは幸運です。村を離れる必要もないし、学校へいくために親戚と暮らす必要もないんです」と生徒のひとりは話しました。「今は、自分の家でお母さんと一緒に暮らすことができるんです」と熱心に話す生徒もいます。実際、いつもは礼儀正しいキルギスの子どもたちがうれしさのあまり興奮し、その子どもたちに取り囲まれたジルディズ・ドゥイシェノバ氏は、押し倒されそうになりました。ジルディズさんは、ユニセフが支援する「コミュニティによる教育運営プロジェクト」のコーディネーターです。

引き裂かれる家族の絆

ミノルク地区の村は、およそ15年前のソビエト連邦崩壊後、より良い将来を求めるキルギス民族の人たちが集まってつくられました。当時は、羊飼い用の小さな小屋の二つの部屋に唯一の小学校が作られましたが、中学校を作るすべはありませんでした。

村の子どもたちが10歳になると、親たちは、中学校の近くに住む親戚の家へ子どもを預けていました。子どもたちが家に帰れるのは週末だけ、帰れないこともあります。親戚の家に預かってもらえない子どもたちは、途中で学校をやめざるを得ませんでした。「週末に子どもたちがサマルカンデック村の姉の家から戻ってくると、子どもたちが家の人間ではないように感じるのです」。4人の子を持つエネハンさんは語ります。「家族の絆が引き裂かれているようでした」。

村の教育グループの結成

2006年5月に、子どもを持つ親たちと地域リーダーたちは、今のミノルクの教育状況は受け入れがたいもので変えなければならない、そう決意しました。そして、ユニセフへ助けを求めたのです。ユニセフは、まず小学校の古い金属製の長いすとガラクタ同然のいすを新しいものに交換しました。ユニセフはまた、村の教育グループの結成にも力を貸しました。

ユニセフとともに学校をもうひとつ作る許可を政府機関に求めたのは、このグループでした。その申請が認められ、イタリアのユニセフ国内委員会からの資金拠出を受けて、4年生から9年生の子どもたちが通う学校が9月に新しく完成する予定です。

いまだに残る障害

しかなしながら、取り組むべき課題はまだ広範囲にわたって残っています。現在提供されている教育水準の低さから、靴や洋服の不足まで、いまもたくさんの障害がキルギスの子どもたちから教育を受ける権利を奪っています。

ミノルク地区では、コミュニティのメンバー全員が教育プロセスに関わるよう、子どもをもつ親たちが呼びかけています。さらに村では、クラブや体育館、図書室が完備された近代的な学校を作るという、意欲的な計画も立てています。コミュニティの人々が思い描く質の高い教育と社会サービスは、この新しい中学校から始まることでしょう。子どもたちはもう、学校と家族のどちらかを選ばなくてもよいのです。

 

キスギスの小さな村でユニセフの教育支援活動を支えたのは、皆様からの温かい募金です。特に、定期的な募金は、大きな支援に結びつきます。定期的な募金によって、長期的な計画と支援が可能となるからです。皆様の温かいご理解とご協力をお願い申し上げます。

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