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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたち

ガザ地区・イスラエル
ユニセフ事務局長による声明
少なくとも子ども33人が死亡

【2014年7月13日 ニューヨーク/パレスチナ発】

ユニセフ事務局長 アンソニー・レークによる声明

ガザ地区の空爆された家に集まる住民
© UNICEF/NYHQ2014-0899/El Baba
ガザ地区の空爆された家に集まる住民。

ガザ地区とイスラエルの武力衝突激化によって、子どもたちが犠牲となっています。この数日で、ガザでは少なくとも子ども33人が殺害され、数百人以上が負傷しました。

このような暴力の恐ろしい影響を子どもに及ぼすことは、決して許されません。

武力衝突は、子どもたちの心身に計り知れない影響を与え、将来の和平や安定性、相互理解の機会にも影響を及ぼします。武力衝突の中で暴力行為を見ながら育つ子どもは、暴力に訴えることを当然のことと捉え、自身のその後の人生でも、暴力を繰り返す恐れが高まります。つまり、暴力は連鎖していくのです。

現場にいるユニセフ職員は、武力衝突下にある家族から、現在の情勢が子どもたちに与えている深刻な影響を聞いています。子どもたちには、眠れない、悪夢にうなされる、食事がのどを通らないなどの症状のほか、心理的ストレスの痛ましい兆候が表れている子どももいます。

武力衝突はさらに激化する恐れがあります。ユニセフは、全勢力に対し、和平のみならず、現在の衝突の最大の被害者である子どもたちのために、全勢力に最大限の自制を求める安全保障理事会の呼びかけに賛同します。

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両親を失い、重傷を負った5歳の子ども

病院で治療を受ける、5歳のキナンくん。
© UNICEF/NYHQ2014-0901/El Baba
病院で治療を受ける、5歳のキナンくん。

ガザ地区の病院で、5歳の子どもたち2人がベッドに横になっています。ノラルディンくんと従兄弟のキナンくんは、7月8日火曜日の夜に自宅が空爆を受け、爆弾の金属片で重傷を負いました。空爆が家を襲ったとき、ノラルディンくんの母親は寝室で2人を寝かしつけたところでした。ノラルディンくんの両親とキナンくんの父親と姉、祖母が、空爆で命を落としました。ちょうど庭でお茶を飲んでいた、一家の21歳から62歳の6人が死亡し、5人が重傷を負いました。

ノラルディンくんは腹部手術を行いましたが、頭には爆弾の金属片が残ったままです。従兄弟のキナンくんも頭に金属片が残っており、足を骨折しています。「意識ははっきりとしていますが、空爆後、二人とも一言も言葉を発せずにいます。両親が死んでしまったと、どうやって孫に打ち明ければいいのでしょう」と、祖母が語ります。

少なくとも子ども33人が死亡

子どもたちがベッドで休んでいる間も、涙を流す親せきに囲まれながら、集中治療室には死亡または重傷を負った患者が次々と運ばれてきました。「集中治療室は患者であふれ、ベッド数が圧倒的に足りません。医師は床で治療をしたり、子どもを含めけがをした人たちを完治する前に退院させなくてはいけません。このような状態では、患者が危険な状況に置かれてしまいます」と、ガザのユニセフ保健専門官のユニス・アワドアラーが語ります。

ガザとイスラエルの激化する暴力で、双方の子どもたちに身体的、そして精神的に甚大な危害が及んでいます。子どもたちは不安を感じています。この戦闘が子どもたちに与える影響は、一生に及ぶものです。この数日間で、ガザ地区への空爆で、パレスチナの子ども33人が殺害されました。これは、死亡者数の4分の1にも及ぶ人数です。そして多くの子どもたちが負傷しています。また、沿岸部の飛び地は包囲されており、住民が避難することが難しい状態です。そしてイスラエルでも、ガザ地区からのロケット弾の攻撃により、子どもたちの命が危険に晒されています。

心に負った、一生消えることのない深い傷

空爆で崩壊した、ガザ地区の家の中でたたずむ男の子
© UNICEF/NYHQ2014-0904/El Baba
空爆で崩壊した、ガザ地区の家の中でたたずむ男の子。

9歳のムハンマドくんは、5歳の妹のギーナちゃんと一緒に出かけた日のことを鮮明に覚えています。断食月(ラマダン)の真っ最中、日没が近づき、長い夏の断食の時間が終わりを迎える頃でした。「お父さんやお母さんには、家の中にいるように言われていました。でも、退屈だったので妹とお菓子を買いに行きました」と、ムハンマドくんが話します。人であふれたブレイジ難民キャンプの道路に出ると、ムハンマドくんは辺り一帯に空爆の警報が出たと聞き、急いで家に帰りました。ガザにはシェルターがないため、両親は6人の子どもたちを集め、寝室に連れて行きました。

「ムハンマドは、2年前の空爆を、今でもはっきりと覚えています。幼いながらにも、何が起こっているのか分かっていました」と、母親のマリアムさんが、子どもたちの顔が恐怖で青ざめ、走って枕で顔と耳を塞いでいたときのことを思い出しながら語ります。「子どもたちがあまりの力で枕を顔と耳に押し付けるので、窒息してしまうのではないかと思いました」とマリアムさん。そして、突然、耳が痛くなるほどの爆発音とともに、爆弾の破片やガラスが部屋に飛び散りました。「子どもたち全員が泣き叫んでいました。なんとか落ち着かせることはできましたが、空爆以降、子どもたちはあまりのショックで、しばらく話せなくなってしまいました」

「ムハンマドは再びおもらしをするようになりました。5歳の娘、ギーナは、『お母さん、また家に爆弾が落ちてくるよ』と、言い続けています。父親が出かける時、ギーナは父親にくっついて離れません。出かけたら、もう二度と帰ってこないのではないかと心配なのです」と語るマリアムさんは、子どもたちにかける言葉が見つかりません。「ここに安全な場所はどこにもないけれど、逃げることもできないなんて、子どもたちに言うことはできません」

緊急心理ケアチームが支援を実施

子どもたちや両親が恐怖や不安、ストレスを乗り越えるサポートをするため、ユニセフが支援する5つの緊急心理ケアチームが自宅や病院を訪れています。2002年から、ユニセフのパートナー団体の「民主主義と紛争解決のためのパレスチナセンター」(PCDCR)が、応急的な心理ケアも実施しています。

「戦闘が激化した翌日から、危険な状態下にあるにも関わらず、これらのチームは現場で支援活動を行っています」と、ガザのユニセフ子どもの保護担当官のサファ・ナスラが語ります。7月8日火曜日には、4人のカウンセラーがラファフにある空爆の被害にあった家の子どもたち12人を訪問しました。子どもたちと話をしている最中にも、家が再び攻撃の標的になるという警報が出されました。2回目の空爆が家を襲う数分前、全員が無事に逃げることができました。

武力衝突発生後、チームは90回以上の訪問を行い、133人の子どもを支援しました。ユニセフはこれからも、子どもたちのために支援活動を行っていきます。

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