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報告会レポート「中南米カリブ海地域におけるHIV/エイズの状況と対策:
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■2003年1月20日(月) 11:00〜12:00 |
1月20日、ユニセフ米州カリブ海諸国地域事務所でHIV/エイズについてのシニアアドバイザーを務める城石幸博氏が一時帰国し、ラテンアメリカ地域を中心とするHIV/エイズの状況とユニセフの取り組みについての報告会がユニセフハウスにて開催されました。
中南米カリブ海地域には多くの国が散在しており、小さい国が多いのが特徴です。地理的、文化的、民族的な違いが顕在し、経済的、政治的不安定要素が急増している地域でもあります。 中南米カリブ海地域は比較的経済レベルが高いと思われがちですが、その先入観は正しくありません。1人あたりのGDP(2000年)を見ても、1,445米ドル以上の国は24カ国以上あるとはいえ、1,445米ドル未満の国がボリビア、キューバ、エクアドルなど少なくとも8カ国あります。経済崩壊(アルゼンチン)の波紋の可能性も懸念されています。 また、中南米カリブ海地域は途上国地域の中では最も都市スラム化が進んでいる地域です。全人口に対する都市人口の比率はアフリカが37.9%、アジアが36.7%であるのに対し、中南米カリブ海地域は75.3%となっています。
HIV/エイズとは、目に見えない時限爆弾の生物兵器であり、早い時期に素早く、集中的に叩かないと人類の危機をもたらします。人類の公衆衛生の歴史上、最大、最悪の問題であり、全世界の連帯なしに人類はこの戦いに勝ち残ることはできません。HIV/エイズは人間の死だけでなく、不可逆的な痛手と障害を次の世代にもたらす甚大な社会経済問題でもあります。早急に対処しないと、各国予算の多くや援助、そして人権までも食い尽くしてしまいます。 現在、世界全体で4千万人がHIV/エイズに感染しており、HIV/エイズは今やアフリカ地域だけの問題ではありません。保健制度が崩壊している途上国にとって、HIV/エイズは最大の脅威となります。例えば、ボツワナの人口ピラミッドを現在のものと2020年のものとで比較すると、その人口構造はエイズの有無によって大きく変化します。また、乳児及び5歳以下の死亡率が増加しており、これまでの子どもの健康を含めた様々な開発援助はエイズによって気泡に帰すことになります。 ケニアのHIV陽性反応者を男女で比較すると、15歳から19歳では男性が4%であるのに対して女性は23%で、若い年齢層の女性は同年齢の男性に比べてずっと高い割合で感染していることが分かります。エイズは女性の基本的権利の侵害者なのです。同様に、HIV/エイズはインドでも猛威を振るっており、インドは世界で2番目に感染者の多い国となっています。現在、370万人の人々が陽性で、数年内に南アフリカを追い抜くと予測されています。
中南米カリブ海地域のエイズ患者は増加の一途を辿っており、現在の罹患率は、ハイチで5%、バハマで4%、ガイヤナで2%、ホンジュラスで2%です。カリブ海諸国全体のエイズ罹患率はすでに2.3%で、サハラ以南の9.0%に次いで2番目に高い水準となっています。 エイズは人間の病気と死亡のパターンを完全に変えてしまいました。1980年の25歳から44歳の男性の死亡原因は、順に交通事故、原因不明の疾病、心臓病、肝疾患/肝硬変でしたが、1995年にはHIV/エイズが突出して最大の死亡原因になりました。1980年の25歳から44歳の女性の死亡原因は、順に脳血管疾患、心臓病、消化器系の病気、妊娠/出産でしたが、1995年には同様にエイズが最大の死亡原因となりました。 また、中南米カリブ海地域でもエイズ患者における女性の占める割合が増大傾向にあり、1985年に10%未満であった女性患者の割合は1996年には40%近くに及んでいます。
HIVの感染経路は、麻薬関連、ホモ/バイセクシャル、ヘテロセクシャルが多く、特に麻薬のための注射器を介した感染が多くなっています。
現在、世界全体で1,300万人以上の子どもたちがエイズで親を無くし、孤児となって苦しい生活を強いられています。この数はあと数年で2,000万人に達する見込みです。生産労働年齢にある人々に代わって、子どもたちがその担い手にならざるを得ない状況が生み出されています。 中南米カリブ海地域でも2001年から2010年にかけてエイズ孤児が増加するとともに、HIVに感染した子どもたちがたくさん死亡すると予測されています。ベリーズでは、増大するエイズに伴い保健費用が年々増え、1999年に700万米ドルだった保健費用は2002年には1,200万米ドルになりました。
中南米カリブ海地域の35カ国は全体として小さい国が多く、早く行動すれば比較的容易にコントロールできると考えられます。いくつかの高罹患率の国はアフリカサハラ以南に似た傾向を示しており、深刻な状況にあると言えます。しかし、低中罹患率の国も多く存在しているため、アフリカ諸国に比べて比較的少ない予算で、予防中心で非常に経済効果の高い事業が可能です。そのためには、中南米カリブ海地域で行われる日本などからの援助事業と協調する必要があります。
ユニセフはHIV/エイズと戦うために以下の4つの世界戦略を打ち出しました。
ユニセフは、青年・思春期の男女、母親HIV陽性の人々、麻薬患者、ホモ・バイセクシャルの人々を対象に予防対策に取り組んでいます。また、輸血用血液の検査を行っています。特に、青年・思春期の男女に対するエイズ教育は15歳以上になってからではもう遅いので、早めに取り組むことが重要です。HIV陽性の人々はエイズそのものではなく、多くは結核や肺炎によって死亡します。これらの病気は正しい治療を受ければ2、3年の延命が可能となるので、生産活動やエイズ孤児の問題から考えてもきちんとした治療が行われるべきです。
HIV/エイズと戦うためには、まずその人が感染者であるかどうかを検査するためのVVCT(自発的かつ内密のカウンセリングとテスト)というテストシステムを作らなければなりません。人々の状態、病状を知ることによって、より効果的な治療を行う、あるいは感染を防ぐための予防対策を講じるためです。 同時に、母子感染の予防(PMTCT)も重要です。妊婦がHIVに感染していると、その新生児の約30%が垂直感染を起こします。しかし、出産時および出産前後に適切な対応を取ることによって、この数値を減らすことができます。そのためには早期のHIV検査が必要であり、その結果に基づいた適切な薬品の投下が必要です。
HIV/エイズは各個人と家族の苦痛を軽減するためにも、国全体の苦痛、経費、損失を軽くするためにも、緊急あるいは早期に対応することが何よりも重要です。HIV/エイズ対策の時期が遅れれば遅れるほどその影響は拡大し、取り返しのつかない莫大な損失が生じます。しかし、早期に対応すればその影響を軽減することができるのです。 例えば、HIV/エイズ対策を講じなかった南アフリカ共和国と、早くから行動に移していたセネガルでは後の状況に大きな差が生じています。1990年に約2%とほぼ同じだった両国の罹患率は、南アフリカでは1995年に約18%、1997年に約27%まで増加しました。一方、セネガルでは1995年に約2%以下に、1996年には1%以下まで減少しています。
ブラジルはこれまでのエイズ対策の中で、世界で最も成功してきた国だと言えます。1億7000万人という世界で5番目の大きな人口を抱えながらも、効果的なエイズ対策を行いました。 その成功要因は、政府が強力にHIV/エイズの蔓延の初期段階に正しい費用便益分析に基づいてエイズ対策に取り組んだこと、市民社会や自治体、社会世論の力強いイニシアティブ及び参加があったこと、国民運動や社会運動があったこと、PLWHA(NGO、「HIV/エイズとともに生きる人」)や有志が積極的に携わったこと、治療やケア、予防のバランスが良かったこと、都市部に焦点を置いた独自の活動だったこと、部門間の関わりがあったことなどが挙げられます。 特に、ブラジルではNGO、地域社会、メディアなどの民間の諸団体がエイズ対策の推進のための強力な社会的圧力を作り上げ、それが国内の最大の機動力となってきました。政府は罹患率が0.5%と比較的少ない段階で無料で薬を提供し、監督もしました。ほとんどの開発プロジェクトにHIV/エイズ対策を盛り込むなど、徹底した戦略を確実にこなしたことが成功の要因だと思われます。 その結果、ブラジルは2001年にエイズ薬品の無料支給に250億円以上を払う一方で、約300億円のエイズに関わる費用を回避し、正味約50億円以上の経済効果を達成しました。ブラジルのエイズ対策をそのまま他国に適応させるのは難しいかもしれませんが、各国がブラジルの成功要因を学び、それを今後に活かすことはできるでしょう。
*ブラジルはエイズ対策に成功したということですが、社会状況など良い条件が整っていたのでしょうか? |
…ブラジルはもともと比較的リベラルでオープンな文化を持つ国なので、ホモセクシャルや麻薬など新しい価値観などを受け入れる土壌がありました。また、経済的に安定していた上、NGOや民間の力がもともと強かったために、エイズ対策のための社会的なプレッシャーを作ることができたのです。また、ホモセクシャルの人々の間に知識人が多かったこともあり、彼らが中心になって予防の必要性を訴えたという背景もあります。ブラジルには薬品を自国で生産できるという強みもあります。 |
*エイズは簡単に国境を越えるので、各国が協力して取り組むべき問題だと思いますがいかがですか? |
…その通りです。地域レベルでの調整と協力が非常に重要です。中南米では移住者が多く、都市部に出てきた女性たちが感染するケースが多くなっています。特に、コロンビアは薬品や保健員が少ない上、人々が難民として移動することが多いため、高罹患率のリスクのある国だと考えられます。アルゼンチンの経済崩壊による影響を受けている可能性もあり、まさに国境を越えた問題です。ユニセフは5つの地域で準地域拡大プログラムというエイズ対策プログラムを開始する予定です。 |
■講演会で城石幸博氏が紹介されたHIV/エイズに関する資料は、以下の3点です。
1.AIDSepidemicupdate-December2002(UNAIDS)
http://www.unaids.org/worldaidsday/2002/press/update/epiupdate_en.pdf
2.YoungPeople&HIV/AIDS:OpportunityinCrisis(UNAIDS)
http://www.unaids.org/barcelona/presskit/youngpeople/YoungpeopleHIVAIDS_en.pdf
3.ChildrenontheBrink2002(AjointUSAID/UNICEF/UNAIDSReportonOrphanEstimatesandProgramStrategies)
http://www.unaids.org/barcelona/presskit/childrenonthebrink/ChildrenOnTheBrink.pdf
講演者の略歴:九州大学卒業。筑波大学大学院修士課程終了。東京大学医科学研究所熱帯病学一般過程修了。コーネル大学大学院国際栄養学部、ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院国際保健学部の両博士課程に学び、後者より博士号取得。家族計画国際協力財団を経て、1983年より世界保健機構(WHO)及び汎米保健機構(PAHO)のカリブ海疫学センター感染症疫学サーベイランス部に所属。1985年に国連児童基金(ユニセフ)に移り、プロジェクト・オフィサーとしていくつかの現地事務所に勤務。1996年には米国国際開発庁(USAID)ポリオ撲滅事業コンサルタントとしても働く。2002年1月よりユニセフ米州カリブ海諸国地域事務所HIV/エイズシニア・アドバイザー。 |