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報告会レポートユニセフ国際シンポジウム 積み残された子どもたち
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2004年5月21日(金)、東京千代田区丸の内の東京国際フォーラム/ホールAにおいて、ユニセフ国際シンポジウム「積み残された子どもたち」が開催されました。人身売買という、日本に暮らす私たちにはなじみの薄いテーマにも関わらず、参加者は3,200名以上。2001年12月に開催された「第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議(横浜会議)」を上回る来場者を迎え、会場は熱気に包まれました。当日の様子をご報告します。
■主催者挨拶: 東郷 良尚(財団法人 日本ユニセフ協会専務理事)
本日はお忙しいところ、本当に大勢の皆さんにおいでいただき、私どもにとってこれ以上の喜びはありません。ありがとうございます。5月1日にEUが拡大され、加盟国が25ヶ国になりましたが、こうしたグローバリゼーションには華やかな部分と陰の部分があります。グローバリゼーションの特色のひとつは人の移動の自由ですが、それが許されるのは多くの場合、裕福な先進国の国民です。世界には移動を制限され、あるいは自分の意志と関係なく強制的に移動させられる多くの人々が存在します。その大多数が移民や紛争下の難民です。さらに悲惨な人権侵害のケースが存在し、それが子どもの人身売買という国際間の移動です。こういう事実を真剣に捉え、子どもの権利侵害をなくすため、この機会に事実認識を深め、多くの人に伝えて欲しいと思います。
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■ コーディネーターからひとこと: アグネス・チャンさん(日本ユニセフ協会大使)
5月1日にEUが拡大して、25ヶ国になりました。お金の流れ、人間の流れが自由になり、利点もたくさんあると思います。ですが、それと同時にいろいろな問題も発生しました。
ユニセフにとって特に深刻な問題は、子どもの人身売買です。特に旧ソ連から独立した東ヨーロッパの貧困に苦しむ国から、たくさんの子どもたちが売られるようになりました。この問題には国際的な組織が絡んでおり、取り組むのには大変な覚悟が必要です。正確な数字は分かりませんが、ユニセフのデータによると120万人の子どもたちが毎年、世界中で売買されていると言われています。
子どもの人身売買は今、第4の波と言われています。第1の波はアジア。特に80年代の前半から女の子が売られ、性的な搾取をされていると大変注目されました。第2の波は中南米。子どもたちがたくさん売買されていると分かってきました。取り組んでいくうちに、第3の波として、アフリカのたくさんの子どもたちが売買されていることが明らかになりました。そして、この90年代に入って急速に増えているのが第4の波、ヨーロッパの子どもたちの売買です。
決して許してはいけないこの人権侵害に対して、私たちはどうすれば役立つことができるのか、EUとは一体何なのか、そして、EUで起きている子どもの人身売買はどういう問題なのか。今日は皆さんと一緒に考えてまいりたいと思います。
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■ 浜矩子さん(同志社大学ビジネススクール教授)
本日は、EUとはそもそも何なのか、また、今なぜEUは拡大なのかというテーマについてお話したいと思います。
EUとは何か。EUは経済共同体という側面が注目されがちですが、そもそも欧州統合は政治的な意思・願望から始まりました。20世紀、ヨーロッパは2つの戦争で血の海になりましたが、それをもう二度と繰り返さないようにするために統合をしよう、統合をして、みんな一つの共同体の仲間になれば、内輪もめで戦争をすることもないだろうという発想が始まりでした。
そして、5月1日の10ヶ国を受け入れるというEU拡大もまた、非常に強い政治の意思、政治的動機です。ロシアと既存のEUとの間に、だれも管理をしていない真空地帯のような場所ができるということは、安全保障上、そして、政治的な安定性という観点から望ましくないと心配する政治的な思いが、EUに東に向かっての拡大を非常に急がせたという部分があります。
このような形で統合の道を歩み、今、東に向かっての拡大に踏み切ったEUについて、心配なことが2つあります。そのひとつは、あまりにも統合を目指し過ぎることがかえってEUの中での排除の論理につながりはしないか、ということ。第2の心配は、EUの中の差別問題です。排除の論理が前面に出ることによって、新入りの人たちを二流市民扱いし、二流市民たちには二流の仕事をさせるというような発想、問題が出てくる恐れがあります。
その意味で、今のEUは非常に大きな岐路、「深化」と「進化」の間の分岐点に立っていると思います。「深化」は、統合を深化させるという意味での深める「深化」。もう一つは、進める「進化」です。私は、今のEUがあまりにも深める「深化」のほうにこだわり、どんどん今までと同じ論理で統合を進める、同じルールに従う者になるということを推し進めることにこだわればこだわるほど、統合が排除を生み、差別を生むという方向に行ってしまうのではないかと危惧しています。
ここで新しい仲間たちを迎え入れたということをきっかけに、EU自身が変化する、進める進化のほうにぜひ進んでもらいたいと思いますが、残念ながら現状は新しい仲間たちを古いルールの中に押し込める、お仕着せの方向に向かっているように思えます。
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■ 梶田孝道さん(一橋大学大学院教授)
欧州は、「EU加盟国」と「非加盟国」という2種類の国に分かれてきていると思います。これはある意味で「勝ち組」と「負け組」の峻別化にほかなりません。EU拡大にともなって経済的国境が取り払われ、貧富の差が拡大している中で、東欧や旧ソ連地域から、買春の対象として、あるいは物乞い、家事労働者として子どもたちが国境を越えて人身売買され、犠牲者となっているのに、かえって「犯罪者」として取り締まりを受けています。
現在、「EUの要塞化」という表現がしばしば使われます。EUの中に定住した人たちに対しては人権を与える。しかし、外から入ってくる移民、あるいは難民の流入に対しては非常に厳しい。これが、現在のEUの姿勢と言っていいと思います。
本人の意思にもかかわらず、国境を越えて売買される人身売買。 なぜ、どのような方法で人身売買が起こるのか。また、養子としての売買や、家事労働者・物ごいとしての搾取、幼児売春。セックスツーリズムやサイバー・ポルノ。こういう現実をどのような対策によって直していったらいいのかということについては、私自身もよくわからないところが多いのですが、今日のシンポジウムを通じて一緒に考えていきたいと思います。
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■ フィリップ・オブライエンさん(ユニセフ欧州総局長)
人身売買というのは、その性格上、秘密裏に行われる活動であるため、正確な情報や統計を得ることが難しい問題です。そして、多くの国が人身売買に対応する法律を持っていません。また被害者は、怖くて自分の状況を報告することができません。非常に難しく複雑な現象が起きています。
正確な数字はありませんが、世界中で毎年70万人から120万人の女性と子どもが人身売買の被害にあっていると言われます。97ヶ国で商業的性的搾取が子どもに対して行われているとの報告もあります。
ユニセフの報告書によると、非常に高度な犯罪集団が人身売買にかかわり、子どもを斡旋し、パスポートを偽造し、ヨーロッパに密入国させているということです。その背景にあるのが貧困です。旧東欧諸国、CIS諸国、独立国家共同体の国々は、共産主義崩壊後、大変な貧困にさらされ、貧富の格差が広がっています。貧困によって人々は失望し、捨て鉢になっています。
北欧諸国では、明らかに貧しいバルト諸国と、豊かな北欧諸国の間の人身売買のパターンがあります。中央アジア、旧東欧の国々の人身売買は、不況による機能不全に陥った社会、また、社会的な混乱、小規模の犯罪などと深くかかわっています。中東の国、EUの国々、すべての国々が問題に対処していく必要があります。すべての国が人身売買の被害者の出身国、経由国、または受け入れ国でありえるのです。
ユニセフは人身売買の犠牲になった人々の社会復帰を支援するとともに、行政機関と協力しながら法の執行面での強化、ユニセフ国内委員会を通じたアドボカシーや募金活動を展開しています。人身売買は人権の問題、「子どもの人権の問題」です。人身売買の犠牲者は犯罪者ではなく「犠牲者」なのであり、実質的な支援と保護が必要です。
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■アナ・ティルサノフさん(人身売買被害者リハビリセンター 被害児童カウンセラー)
モルドバでは毎年、数千人の女性が人身売買の被害に遭います。この中には14〜17歳までの未成年者たちも数百人含まれています。彼女らは奴隷に近い状態で、ヨーロッパ、もしくは世界のどこかの売春宿で強制的に売春させられます。モルドバの政府は、国家戦略として2004年を人身売買と戦う年と宣言しました。
モルドバではなぜ、人身売買がこれほど広がったのか。背景には貧困があります。モルドバの人口は400万人を超えますが、違法・合法の両方を含め、国民の少なくとも4分の1は外国で働いています。
この移民を背景に人身売買が広がりました。外国に出稼ぎに出る人たちの大部分は女性です。彼女たちは何とか貧しさから逃げたい。外国へ行っていい仕事ができれば、家族の経済的な状況を変えることができると信じています。確かにこのような移民のうち、数人はいい仕事が見つかる場合もありますが、残念なことに、大部分は売春を強制されています。そして、この中に未成年者たちが多く含まれるのです。
ではなぜ、この未成年者たちは人身売買の被害に遭うのか。ブローカーは農村地帯へ行って、そこで貧しい家庭を選び、若い女の子に近づいて嘘の約束をします。海外に一緒に行くと、とてもよい仕事がある。家政婦、もしくはウエイトレスの仕事をして、毎月数百ドル稼ぐことができる。だれにも言わないで、秘密にして、また向こうに着いたら親にお金を送ればいいと誘われます。女の子たちは、外国からお金を送ればどんなに親が喜ぶかと夢を見て、何の疑いもなくこの人たちについていくのです。私は3年前から未成年者たちと一緒に仕事をしていますが、数百人か数千人のケースが現実にあります。現在でも、ヨーロッパもしくは世界のあちこちでたくさんの若者や女性たちが助けを求めています。
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騙しやすいから、客が多くとれるからという理由で人身売買の犠牲となるモルドバの子どもたち。アナ・ティルサノフさんは、カウンセリングに携わった被害者の子どもたちの実態を報告しました。
16歳のビカは、ボーイフレンドに結婚指輪をモスクワまで買いにいこうと言われ、騙されて売られそうになったと言います。ボーイフレンドは元ブローカーだったのです。エレナ(15歳)は、近所の知り合いの女性に騙されました。「友だちを送ってあげて」と言われ、そのままモスクワに売られたそうです。その日から売春をさせられと言います。17歳のミノドーラは「いい仕事を紹介してやる」と言われてトルコに売られ、「売春」を強要されましたが、絶対に嫌だ、とブローカーのところを逃げ出したものの鉄柵の上に落下。命はとりとめたものの、障害を負ってしまいました。「これは氷山の一角です。もっともっとひどい状態で多くの子どもたちが犠牲になっています」とアナさんは訴えました。
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「私たちにできることは?」という質問に、オブライエンさんは6つの方法を挙げました。1つ目は、もっと勉強して子どもの人身売買の実態を知ること、2つ目は日本が子どもの権利条約選択議定書のひとつである「子どもの売買、子ども買春および子どもポルノに関する『子どもの権利条約』の選択議定書」を批准すること、そして3番目には日本の国内法を整備し、制度を確立して被害者に保護とケアを提供すること。4つ目は日本において子どもの権利条約をさらに推進すること、5番目はユニセフの活動をさらに支援すること。そして最後に、日本人がセックス・ツーリズムに関わらないようにすることです。
他のパネリストからも、「学ぶこと、知ること」の大切さが指摘されました。人身売買に打ち勝つためには、市民や社会の意識の結束と支援が必要です。
人身売買は遠い国の話ではありません。私たちの暮らす日本でも加害者、被害者の両方がいます。子どもたちを人身売買から守るために、このシンポジウムを機会に、私たちができることを考え、1人ひとりが意識を高め、力を合わせてこの問題に取り組んでいただけますよう、皆様のお力添えをお願いいたします。