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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたちは今 報告会レポート

報告会レポート

まもなく1年 スマトラ沖地震・津波
〜「津波ジェネレーション」と呼ばれた子どもたちは、今。〜

スマトラ沖地震・津波の発生から間もなく1年。被害を受けた国・地域の中には、すでに被災前の姿を取り戻しつつある場所もあります。また、子どもたちの顔も明るく輝いています。しかし、恐怖からの後遺症で情緒不安定や学習障害を起している子どもも少なくありません。

地震・津波被害がもっとも大きかった地域のひとつ、バンダアチェで2005年3月から子どもたちの支援活動を続けているユニセフ現地事務所、教育担当官の青木佐代子氏が一時帰国。今日までのアチェでのユニセフの活動、特に復興の柱となる教育部門の活動についてご報告しました。

■日時:2005年11月10日(木)14:00〜15:00
■場所:東京・港区 高輪ユニセフハウス
■主催:(財)日本ユニセフ協会
■報告:青木佐代子 ユニセフ・バンダアチェ事務所教育担当官

当初の緊急援助活動 I 現在の状況と課題 I 質疑応答

【当初の緊急援助活動】

2004年12月26日にインドネシア・スマトラ島沖を震源として、マグニチュード9.2とも言われる巨大地震が起こり、その後の津波ですべてがさらわれてしまいました。アチェの地震・津波では12〜13万人が死亡、さらに今も12〜13万人が行方不明です。死亡・行方不明の児童・生徒・学生は、幼稚園から大学生まで合計4万900人(2005年文部省4月の発表)。ですが正確な数字はいまだにわかっていません。死亡・行方不明の教職員・学校関連の事務職員は2,500人。全壊または一部損壊した学校は合計2,315校(幼稚園から大学まで)。小学校だけでも1,521校が被害を受けました。

ユニセフはアチェ州において、保健・栄養、安全な水へのアクセスと衛生状態、子どもの権利の保護、教育という4つの分野で活動しています。

■水と衛生

地震・津波の後、緊急避難用のテントや仮設住宅が国連機関や政府によって作られました。しかし水・トイレの衛生状態が悪く、保健・衛生上の問題がありました。水や衛生の状態が悪いと病気が蔓延しますが、アチェ州の場合は担当スタッフの努力により、コレラの大発生などは避けることができました。緊急事態下では、災害を生き延びてもその後水による病気などで命を落とす子どもが非常に多くいますが、アチェ州の場合はそれが避けることができ、幸運でした。

■保健

ポリオの予防接種を実施したり、ビタミンA配布などのキャンペーンを行い、子どもたちを病気から守る活動をしています。

■子どもの権利保護

津波後、両方・または一方の親を亡くしたという登録をした子どもが約2,300人いました。そこで、セーブ・ザ・チルドレンというNGOと協力してデータベースを作り、登録された子どもの写真を掲示板に貼り出し、離れ離れになった子どもと親・保護者の再会を支援しました。その結果、2,300人のうち450人の子どもが肉親とめぐり合うことができました。また、残る子どもの90%も大家族に引き取られています。

■教育

なぜ緊急援助の際に教育をしなければならないのでしょうか? それは、学校に行くことによって日常の繰り返しをし、その中で平常心を取り戻すことができるからです。平常心を戻し、トラウマを受けた子どもたちが心に受けた傷を克服するのにとても役に立ちます。また、教育は子どもの権利であり、災害や紛争を理由に中断することは許されません。

ユニセフは学校を再開するために、、2005年1月26日にバック・トゥ・スクール(学校に戻ろう)キャンペーンを始めました。その際に非常に便利なツールがあり、それらを活用しました。

  1. スクール・イン・ア・ボックス(箱の中の学校)
    何もないところでも学校が始められるように、三角定規、ペン、ノート、先生用のカバンなどの学用品が80人分入っています。緊急援助のときには運びやすく、開けたらすぐ学校が始められるものです。約54万6,000人の子どもに恩恵をもたらしました。
  2. テントの学校
    学校が倒壊してしまったため、子どもが学習できる環境を整えることが必要です。そこで1,000張のテント(6×12メートル、パキスタン製)を配りました。1張のテントで80人の子どもを収容、2つのクラスが設置できます。
  3. レクリエーション・キット
    銀の箱の中に、サッカーボール、フリスビー、バレーボール、なわとびなど、色々な遊び道具が入っており、約4,300セットを送りました。なぜ子どもは遊ばなければならないか? 災害でショックを受けた子どもは、引きこもったり、攻撃的になったり、自分の感情を表すことができなくなる、怒りっぽくなる、人を信じられなくなるなどの症状を見せます。そのような症状を遊んでいるうちに乗り越え、自分を表現する方法を取り戻していくのです。

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【現在の状況と課題】

緊急援助の段階が終了した後、地震による倒壊は免れたものの、建物に被害を受け、危険な学校がたくさんあることが分かりました。ユニセフはエンジニアを雇い、ニアスとアチェの約320校の残っている学校を1校1校回り、危なくないかどうかを確認しました。320校のなかに18校の危険な学校が見つかり、このまま使いつづけていると、余震が起きた際に学校が倒壊し、子どもたちが押しつぶされて死んでしまう可能性があるため、すべての学校に対して通告し、できるだけ早く避難するように進めています。

コンクリートの本物の学校ができるまで、建設だけでも6〜8カ月、場合によっては2〜3年かかるため、いま仮設の小学校を作っています。建設数200校のうち、80校が完成、87校が建設中です。難しい点は、本物の学校と仮設学校の建設場所の調整。広い場所がない場合は、学校の近くで子どもの通える範囲内にコミュニティから土地を提供してもらい、仮設学校を建てています。しかし、この調整にとても時間がかかっています。

学校は磁石のようで、学校を建てるとコミュニティが戻ってきます。反対に、学校がないと家族やコミュニティは戻りたがりません。学校がないところにはコミュニティが戻ってこない、人が戻ってこないから誰も学校を建てないという悪循環があります。そこでユニセフは地域の住民に仮設や本物の学校を建てると説明してまわり、コミュニティが戻るように取り組んでいます。

2005年7月19日に新学期が始まり、もういちどバック・トゥ・スクールキャンペーンを始め、アチェとニアス島のすべての小学生83万人に学用品を配り、教科書2万3,000セットを送りました。また、1,110人の先生を雇用・研修し、津波被害のあった12県に派遣。ユニセフは6カ月間お給料を払っています。ユニセフは今後2〜3年かけて、最高で300校の小学校の再建設、最高200校の修復を、90億米ドルをかけて行います。

津波の後に、政府から“BUILD BACK BETTER”、「前よりもよく立て直していこう」というスローガンが叫ばれています。これを機会に、前よりももっといいものを作っていこうという呼びかけです。ユニセフは“CHILD-FRIENDLY SCHOOL”というコンセプトを提唱しています。

  1. 安全で子どもを保護する環境: 学校に行って子どもがいじめられたり虐待を受けたり、危険なものがあって怪我をしたりするような環境であってはいけない。安心して学習できる環境を作らなければいけません。
  2. 耐震性のデザインと建設資材: アチェは今後2〜3年は余震が続くといわれています。大きな余震が起こったときに、被害を最小限に食い止めるためのデザインの工夫、建設資材の使用を行っています。
  3. 安全な飲み水: 安全な飲み水がないとさまざまな病気が蔓延します。そこで、雨水をろ過して飲める水を作るなど、できるだけ低コストで安全な水を提供しようとしています。
  4. 男女別々の衛生的なトイレ: 途上国ではトイレが男女別になっていないことがよくあります。男女一緒のトイレだと女の子がなかなか学校に行きたがらないという問題は全世界に共通してあり、別々のトイレを作るというシンプルな解決法により女の子たちが学校に行きやすくなります。
  5. 自然光による明るい教室: いままでのインドネシアの教室は中が暗かったため、自然の光が入り、電気がなくても明るい教室を設計しています。
  6. 風通しの良い教室: 電気・エアコンはないので、風通しのよい教室を作ります。
  7. 障害者によるアクセス: 段差をなくす、スロープをつけるなどの工夫により、妊婦・高齢者・障害者・怪我を負った人も簡単に利用できる学校を作ります。
  8. コミュニティによる学校の管理: コミュニティが低コストで維持をしていける学校を作ります。
  9. コミュニティの参加: コミュニティがこの学校は自分たちの学校だと思ってくれないと、子どもの教育に興味を持ちません。教育はコミュニティ・村全体で行っていくものなので、コミュニティに対して開かれた学校を作っていきます。

ユニセフは今後5年ほどかけて復興・開発に取り組んでいきます。ユニセフはどんな状況でも頑張っていきますので、これからもどうぞご支援をよろしくお願いいたします。

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【質疑応答】

Q. 今日のお話は小学校が主ですが、中学・高校などに対する支援はどのようになっていますか?

A. インドネシアの教育制度は日本と同じ、6・3・3の12年制です。ニアス島を除いてアチェ州には4,000校の小学校がありますが、中学校は811校しかありません。小学校の数が圧倒的に多く、また壊れた学校の70%近くが小学校とニーズが多かったため、ユニセフではまず小学校から取り組んでいますが、中学・高校も建設がはじまっています。他の国際機関などに中学・高校への支援を提言することもあります。

Q. NGOや国連機関など、現地の援助団体の業務の切り分け、役割分担はどのように行われていますか?

A.どの緊急援助においてもまず調整システムが作られます。スマトラ沖地震・津波支援においても、すべてのセクターで調整会議が開かれました。教育セクターでは2005年1月末から始まり、週に3回、教育分野のNGOやすべての団体が参加。どこにニーズがあるか、どのニーズがまだ満たされていないのかを話し合い、支援を網羅するための調整を行っています。現在は2週間に1回開かれ、教育分野で活動する30団体のうちの約20団体が出席しています。NGOと国連の役割分担については、国連機関が主導機関としてリーダーになり、定期会議を開きます。ユニセフは通常、水と衛生、子どもの権利の分野でリーダーになります。また国連機関は政府との連絡が非常にとりやすいのに対してNGOは政府との距離が遠いことが多いため、両者の橋渡し役をするとともに、国連機関には情報が集まってくるため、その情報を共有する役割を担っています。

Q. 学校のカリキュラムの中に、心のケアにつながる工夫はされていますか? 緊急代用教員の研修にもカウンセリングや心のケアのための訓練は含まれていますか?

A. まず先生たちの心のケアが重要と考え、2005年2月頃の早い時期から、先生の心のケア、そして先生を通した子どもたちの心のケアを始めました。研修を通して、色々なアクティビティを通して自分の怖かった経験を共有し、乗り越えていくよう支援しています。先生自身・子ども・子どもの家族の心のケアはアチェの人々からも要望が強くあり、盛り込まれています。また地震・津波を経験した後に防災教育に対する意識が高まり、今後先生の訓練の中に取り込んでいく案が進んでいます。

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