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ウクライナ現地報告会『翻弄される子どもたち』
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4月17日(木)、ユニセフ・ウクライナ事務所代表を務める杢尾雪絵氏が、日本ではあまり報道されることのない、ロシアのクリミア進攻・併合により、緊迫した情勢が続くウクライナの子どもたちのことや、人々の様子を報告してくださいました。
ウクライナの人口は4,560万人、そのうちの790万人が子どもです。人口は日本の約3分の1ですが、国土はとても広く、国民一人当たりのGNIは3,500米ドルです。かつて開発途上国と言われた国々がすでに中所得国として経済力を担ってきており、ウクライナのような中所得国は世界全体で増えてきています。
ウクライナの緊迫した政治情勢の陰で、最も大きな影響を受けているのは子どもたちです。家族や近しい人への路上での暴力行為による心理的な影響や、テレビなどでの暴力行為の視聴、デモに巻き込まれた子どもたちの逮捕や拘束、18歳未満の抗議者への拷問、突発的な騒動で暴力をふるわれる若者、お金を支払われて運動に引き込まれてしまう子どもたち、避難している家族と子どもたちの基本的なニーズへの影響をユニセフは懸念しています。
© UNICEF UKRAINE/2014/V.Musienko |
流血に至るまでの政治騒動がウクライナで発生したのは、第二次世界大戦以降初めてです。一連の政治騒動や政権交代、ロシアによる軍事介入は人々にとってショッキングな出来事となり、子どもたちにとっても、武装した人々を目の当たりにするのは初めてでした。ユニセフのオフィスの近くには、100人以上の方が負傷・死亡された、大きな衝突が起きた広場があり、今でも亡くなられた方へのろうそくやお花が手向けられています。
報道はあまりされないものの、ウクライナは経済的に非常に難しい状況となっており、社会サービス、教育、保険、社会福祉などの予算が3割カットされ、国民に影響が及ぶことが懸念されています。特に、生活保護で暮らしている方や、ストリートチルドレン、孤児の子どもたち、年金で生活されている方々など、社会の中で最も大変な暮らしをしている方々が、直接被害を受けてしまう可能性があり、不安が拡大しています。また、将来についての国民の不安は、子どもたちにも伝わってしまうため、子どもたちにとっても大きな影響を及ぼします。
© UNICEF UKRAINE/2014 |
クリミアはロシア寄りであるとの報道もありますが、民族構成に目を向けると、実は民族的に複合的で、人口の12%がイスラム教を信仰する少数民族のタタール人、58%がロシア系、24%がウクライナ系と言われています。タタール人は、昔ソ連時代に強制退去をさせられ、自らの土地を失い、ソ連崩壊後にまたこの地に戻ってきた人たちで、悲しい歴史を背負っている民族です。今回、ロシアがクリミアを併合したことをきっかけに、ウクライナ側に現在5,000人ほどが避難しているうちのおよそ8割がタタール人と言われています。安全を求め、出来るだけロシア圏から離れるために、ウクライナの西部に避難していますが、避難地域には、タタール人が信仰するイスラム教のコミュニティはほとんどありません。異なる信仰を持った異民族がどのように共存していくか、また、タタール人の避難民がトルコなどイスラム圏の国にさらに移動する意向があるのかどうかなど、まだ多くの課題があります。また、避難民の多くは女性と子どもで、男性は家に留まっている家庭もあることから、離ればなれになっている家族が再会できるのかどうかも不明です。避難民の数は過去2週間で2,000人も増加したため、さらに増えることが懸念されています。
ユニセフでは、こうした避難民の方々への支援を実施しています。ウクライナでは、学校施設やコミュニティ施設を開放して、避難民の方々を受け入れているため、衛生上の問題や生活をしていくうえでの基本的なニーズの問題が発生しています。多くの避難民の子どもたちが、学校に通う目途がついていない状況の中で、臨時的な教育やレクリエーション活動を行う支援も、ユニセフの大事な仕事です。特に幼い子どもたちにとって、レクリエーション活動は発育面においてとても重要です。妊婦や、新生児を抱えた母親が、子どもをきちんと育てられるような体制を整えることもユニセフの仕事です。
ウクライナ隣国のモルドバで生まれたロマ族出身のヤナは、父親が犯罪を犯して刑務所へ行き、母親は病死してしまったため、9歳の時に一人きりとなってしまいました。生活保護を受けることもなく、ウクライナにたどり着き、路上生活を始めました。典型的なストリートチルドレン同様、ヤナも麻薬常用を始め、生活をつなげていくために売春を行いました。ウクライナが直面している大きな課題の一つがHIV/エイズ感染の急激な増加です。ウクライナのエイズ感染は麻薬常用者を中心に広がってしまっています。ストリートチルドレンは、針を使いまわしてはいけないという知識がないためにHIVに感染するケースが多く、ヤナは13歳で亡くなってしまいました。ウクライナには、このような子どもたちがたくさんいます。ストリートチルドレンが麻薬を常用をしているという理由で見放すのではなく、子どもたちが路上生活を余儀なくされたつらい現状を理解してあげてほしいと、杢尾氏は訴えました。
ユニセフでは、このような麻薬常用の子どもたちにもリハビリの環境を与えることによって、大学教育に戻ることができるようになるまで、子どもたちが成長できることがわかりました。ユニセフでは、市民団体を中心に、音楽やコンピューターをつなげて、セラピーを行うという活動を行っています。こういった取り組みにより、路上生活から施設やシェルターでの暮らしに移り、子どもたちが学校に戻っていく、学校で教育を受けることによって子どもたちはさらに成長できるのです。路上生活を経験したけれども、今では大学に通っていて、将来は就職をしてウクライナの市民として力強く生きていこう、という子どもたちも出てきています。子どもの権利をきちんとおとなが守ってあげれば、子どもたちは成長を遂げることが出来ます。そういった子どもの権利が奪われてしまう状況をつくってしまうことが大きな問題です、と杢尾氏は強調します。さらに、このような状況はウクライナに限らず、ウクライナ近隣諸国でも同様に起こっていますし、貧困国である中央アジアでは、子どもたちがもっと苦しい現状にあります、と訴えました。
© 日本ユニセフ協会/2014 |
Gallup World View Pollによると、子どもたちが一人の人間として尊厳をもって待遇されていると考える人々は、近隣諸国のポーランド(68%)、スロバキア(76%)では高い一方で、ウクライナ(46%)では過半数を下回ります。また、子どもたちが毎日元気よく学び、育つ機会が与えられていると考える人々に関する調査も、ポーランド(75%)、スロバキア(88%)では高いものの、ウクライナ(42%)はやはり、半数以下となっていました。子どもたちに権利や機会を与えることが、私たちおとなや社会、それから政府の役割です。国に頼るだけではなく、コミュニティや家庭で、子どもたちへの関心や子どもの権利に関する認識を高め、子どもたちを守るのは自分たちである、という意識を高めていって欲しいと呼びかけています。子どもの権利が奪われてしまうということがどういうことか、ストリートチルドレンが麻薬常用者だからといって無視されていないか、むしろどうやって支援していけばいいのかを理解し、国民一人ひとりが責任を担うことが大切です。
高所得国である日本でも、児童虐待や学校でのいじめなど、子どもの権利が奪われていることがあります。他人事ではなく、日本の人たちも一緒に考えてほしいです、と杢尾氏は訴えました。開発途上国や紛争地、また、現在日本ユニセフ協会のスタッフが行っている中央アフリカなどで、とてもつらい思いをしている子どもたちに直接サポートを行うのは勿論のこと、国民一人ひとりが責任をもって子どもの権利を守っていくための活動を行っているのがユニセフです。
所得の高低にかかわらず、ユニバーサルに子どもの権利を守ることがユニセフの使命です。貧困国の、遠いアフリカの国で飢餓に苦しむ子どもを助けることもとても重要ですが、中所得国でも苦しんでいる子どもたちをまもっていかなければならないということをみなさんにも考えていただきたいと思っています。一人でも子どもの命が危ぶまれる状況にはあってはなりません。かつては、アフリカなどと違い、旧ソ連圏では、医療設備や学校教育などの社会基盤がしっかりしているため支援の必要がないと言われていました。しかしながら、ユニセフは、この地域でこの20年間ずっと活動を行ってきたのですが、月日が経つほど、私たちの仕事の重要さが身に染みています。中所得国であっても、子どもの権利が奪われる危険性にさらされているのです。
© UNICEF UKRAINE/2014 |
低所得国では、薬品を届けたり、予防接種の普及を行ったりという活動が中心となりますが、中所得国であるウクライナでは、市民団体や国民の皆さんの意識を高めていく広報活動に非常に大きな力を入れています。スポーツを通じて子どもの権利を守る意識を高めていくなど、ただ物資を与えるのではなく、通常よりも範囲を広げた広報活動を行い、子どもの権利について、国民の皆さんにもっと理解を深めてもらいたいと願っています。ウクライナのユニセフのプログラムは、低所得国向けに比べると資金的にも小さなプログラムですが、少ない資金で、大きな効果が得られるような意識で活動を行っています。直接資金を出して、ユニセフが支援するにはウクライナのような大きな国では難しいため、国や地方公共団体、現存している委員会などの資金を通して、子どもたちの活動、参加を高めていくというのがウクライナでのユニセフの活動です。
ウクライナでは、旧ソ連邦同様に、エイズ感染者や路上生活者、身体障がい者など社会的に難しい状態に置かれた人々を隔離し、施設などで社会サービスを実施していたため、エイズ感染者を直接目にする機会や知識がない方も多く、差別意識の強い国です。差別意識をなくし、壁を取り払っていくということも大きなネックの一つです。しかし、ウクライナには高度教育を受けられた方がたくさんいるため、ネットワークを通して広報活動を行うことで、徐々に知識が深まれば変わっていけるのではないか、というのが5年間ウクライナで暮らしてみた感想です。広報活動以外にも、国家政策や法律によって、社会的弱者を守れるように提言をし、議会や政府と直接交渉なども行っています。
ウクライナはヨーロッパの中で、HIV/エイズ感染率が最も高い国です。ロシアとクリミアでは、法律も治療法も異なります。現在、クリミアで800人ほどのエイズ感染者が用いている欧米では中心となっている療法は、ロシアでは法律により禁止されています。また、ウクライナでは、施設よりも家庭で子どもを育てた方が良いということから里親制度や、10人単位程度で子どもを育てていく家族型施設を作ってきましたが、ロシアではまだそういう政策がなされていません。孤児の子どもたちが、法律の異なる場所から保護を受けることによって、影響を受けてしまうのではないかと懸念されています。ユニセフは、旧ソ連圏の国々を全体的に統括している地域オフィスをジュネーブに構えており、地域オフィスやユニセフの本部を通して、ロシア、ウクライナの両方から政策を統一していくよう働きかけていきたいと考えています。
また、今回の騒動によって、市民運動が起きた場所に近い学校は閉鎖され、他の学校に移動しなければならない子どもたちもいました。変更を強いられた子どもたちは不安がふくらみ、学校に戻るのが心配で登校拒否になる子どもたちも出てきたと聞いています。ごく一部の学校に限られているものの、学校生活のようないつもの日常が変わってしまうことが、子どもたちに与える心理的な影響は極めて大きい、と改めて今回の件で身に染みて実感しましたと語りました。
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ウクライナ以外にも世界各地で大きな人道危機が起きています。4年目に突入したシリア危機、60万人以上が国内で避難生活を送る中央アフリカ共和国、また、南スーダンでも昨年12月から武力衝突に端を発し、非常に緊迫した情勢が続いており、レベル3(最も人道支援の優先度の高い緊急事態)の対応で活動しております。さらに、雨季の集中豪雨で大洪水が発生したソロモン諸島、エボラ熱の感染が拡大している西アフリカなどへも、今後も引き続き支援を継続していきます。
© 日本ユニセフ協会/2014 |
ユニセフ・ウクライナ事務所代表 杢尾雪絵(もくお ゆきえ)氏 |
報告者プロフィール:ユニセフ・ウクライナ事務所代表 杢尾雪絵(もくお ゆきえ)氏
大学卒業後、都市計画建築コンサルタントとして就職後、青年海外協力隊員(JOCV)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の国連ボランティア(UNV)を経て、1991年から1994年末まで米コーネル大学地域計画学科に留学。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部インターンを経て、1995年にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)としてユニセフ・モンゴル事務所に勤務。ユニセフ・コソボ事務所代表(1997年〜)、モンテネグロ事務所代表(1999年〜)、タジキスタン事務所代表(2001〜2008年)を務めたのち、2009年6月より現職。
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