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公益財団法人日本ユニセフ協会

ガザ 停戦から1年
昨夏、51日間続いた紛争
今も懸命に生きるガザの子どもたち

【2015年8月26日 ガザ(パレスチナ)発】

2014年8月26日は、51日間続いたガザでの紛争が終わり、停戦合意がようやく結ばれた日です。その日から1年が経ちましたが、ガザの人々は未だ瓦礫のなかでの生活を余儀なくされており、多くの子どもたちや家族が支援を必要としています。

* * *

停戦から1年、残る傷跡

昨年7月に開始されたガザでの紛争は、翌月の8月26日に無期限の停戦合意に至るまでの51日間にわたり、539人の子どもの命を奪い、2,956人の子どもにけがを負わせました。

人々が暮らしていた住居1万2,600 戸は完全に破壊され、家を失った人は10万8,000人以上、その半数は子どもたちです。今なお多くの人々が、困難な生活を送っています。

51日間、51人のガザの子どもたち

ユニセフ・パレスチナ事務所のフェイスブック公式アカウントでは、7月7日から8月26日までの51日間、懸命に生きるガザの子どもたちのストーリーを、毎日ひとりずつ取り上げてきました。その一部をご紹介します。

イブラヒムくん(9歳)
© UNICEF SoP/Eyad El Baba
イブラヒムくん(9歳)

イブラヒムくん(9歳) 「義足をつけても・・・」

「去年の空爆で、足をなくしたんだ。その前までは、いつも5人の親友といっしょに道で遊んでいたよ。でも今、みんなと遊ぼうとして義足をつけると、かゆくなって結局車いすに座らなくちゃいけない。かゆみもなかなかひかないんだ」 

「将来は、お医者さんになってみんなを治療してあげるんだ。僕を治療してくれた、お医者さんみたいに」

ハネーンさん(14歳)
© UNICEF SoP/Eyad El Baba
ハネーンさん(14歳)

ハネーンさん(14歳)「笑顔を呼ぶクッキー作り」

「今日は友だちとそのお母さんたちと一緒に、イード(イスラム教の祝日)のための“カーク”(クッキー)を焼いているんです。去年の紛争で、家を失ってしまった人たちに配るためです。私の近所の多くの子どもたちが、家を失ったり、貧しい状態のまま、イードを迎えます。私たちの作るカークが少しでもこうした子どもたちの笑顔になればいいなと思っています」

「私は2005年のイスラエル軍による攻撃で父を亡くし、昨年の空爆で家を失いました。将来はジャーナリストになって、一番初めの記事でガザの停電について伝えたいです」

ロアさん(9歳)
© UNICEF SoP/Eyad El Baba
ロアさん(9歳)

ロアさん(9歳)「砂で作った夢の家」

「私は家族といっしょにビーチに来るのが大好き。今日はね、砂で“夢の家”を作ったの。大きくて、海がよく見えて、中にはたくさん遊ぶところがある家。去年の紛争で壊れてしまった今住んでいる家とは全然違う家よ」

カリーナさん(17歳)
© UNICEF SoP/Eyad El Baba
カリーナさん(17歳)

カリーナさん(17歳)「戦争ではなく、愛を」

「『戦争ではなく、愛を』−私の後ろにある壁に書いてある言葉です。これは、私がガザにあるこの公園を明るい色でペイントするコミュニティ活動に参加したとき、強く伝えたかったメッセージなのです。私は母方にインド人の親せきがいて、2007年に一度だけインドに行ったことがあります。その後、ガザは封鎖されインドに行くことはできなくなってしまいましたが」

「私が思うに、インドとガザとの一番の違いは、ガザの人々の一番大きな夢は、ガザの外に出ることです。インドでは皆、外に出ることは考えず、新しい家という”普通”の夢を見て、”普通”の暮らしを求めます。インドでは、建物は次々に建てられ、発展していきます。一方でガザではいつも、壊れた建物を修繕しています。何度も何度も、繰り返し」

現地で続けられる、ユニセフの支援活動

ガザに暮らす多くの子どもたちは、そのまだ短い人生で既に3回の紛争を経験し、30万8,000人以上の子どもたちが心理社会的ケアを必要としています。

ユニセフは紛争の影響を受けた子どもたちの生活再建のため、ガザの人道支援を主導しています。そして、心のケアや給水サービスの修復、新しい水のインフラの整備、被害を受けた学校の修繕、そして取り残された多くの子どもたちのため、補習授業も行っています。

紛争から1年が経過するなか、ガザの子どもたちが置かれている状況を決して忘れず、子どもたちに支援を続けなくてはいけません。より明るい、より平和な未来を・・・そう願う、子どもたちの夢をかなえるため、ユニセフはこれからも、子どもたちの生活の再建を支えていきます。

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