【2016年12月9日 東京発】
© 日本ユニセフ協会 |
日本ユニセフ協会とUNICEF東京事務所は、12月4日(日)、国連大学(東京・渋谷区)で、ユニセフが来年1月から本格的に世界キャンペーンとして推進する乳幼児期の子どもの発達(Early Childhood Development:ECD)をテーマにしたシンポジウムを開催。
ユニセフ本部のECD専門家や国内の小児医療や福祉、災害支援などの現場で活躍されている方々が、それぞれの視点から、乳幼児期の子どもに必要なケアと支援について議論を交わしました。
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基調講演では、ユニセフ本部のECD専門家エドゥアルド・ガルシア・ローランドにより、ユニセフECD世界キャンペーンの背景説明がおこなわれました。
ローランドは、「最初の1000日」を含む乳幼児期が最も脳の可塑性が高くその後の人生の基盤になるということ、脳の発達を助けるために、栄養、刺激と保護が必要であるということが、科学の面から明らかになっていると説明しました。
そして、乳幼児期の子どもたちにとって必要な環境を整えるための具体的な取り組みとして、SDGsにおける乳幼児期の子どもに関する目標を達成するためのECDアクションネットワーク、多セクターにわたるECDプログラムパッケージ、子どもの発達段階に応じた支援、また家族に対する支援として3つのS(Service、Skill Building、Support)、支援を裏づけるデータの構築に関して説明しました。その中で、ECDの投資の費用対効果の高さを挙げ、乳幼児期の子どもに介入することで、子どもが大人になった際の収入を25%高めることができると指摘しました。
最後に、2017年1月よりキャンペーンを通じて、ユニセフが子どもの発達のためにどのような取り組みを行っているかを分かりやすく発信していくことを述べ、「子どもの発達革命」への参加を促す言葉で締めくくりました。
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基調講演につづくパネルディスカッションでは、まず、小児科医で日本医療科学大学教授の別所文雄氏が、「子どもの発達と低出生体重児」について説明しました。
別所氏は、特に胎児の時期に低栄養であった場合、それに対する適応反応が起こり、それが将来の疾病リスクに関与するとし、「発達時期における適切な環境が子どもの発育・発達には重要である」と指摘します。
そして、日本における低出生体重児の増加の問題について、データを交えて取り上げ、その要因について、経済的理由や高齢・若年妊娠、痩せ志向などを挙げました。また、低体重で生まれた子どもたちの将来について、以前は先天的異常などがない限り、2~3歳頃までには正常体重児と同程度の体格に成長すると言われていましたが、その後の研究では、身体機能、精神発達機能について様々な問題を抱える可能性が指摘されていることにも言及しました。
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臨床心理士で日本プレイセラピー協会理事や日本ユニセフ協会東日本大震災緊急支援本部心理社会的ケアアドバイザーも務める本田涼子氏は、人間の脳は乳幼児期に最も発達するとし、発達段階に応じて五感を通したバランスの良い刺激を受けることの重要性を訴えました。
乳児が発達のために受けている、よい刺激の一例として、目の前に一枚の紙を出された赤ちゃんが、紙がちぎられる音やその様子を見て楽しそうに笑う映像が紹介されました。本田氏はこの赤ちゃんについて、次のように解説しました。
「この白い平たいものを大人がビリッと破るとおもしろい音がするという現象が気に入っています。自分が楽しくて笑うと、相手も目を合わせて一緒に笑ってくれるし、自分が楽しいと思うことを繰り返しやってくれる、世界はそういう風に自分にあたたかく反応してくれるものだということを学習しています。また、自分でも紙を手で持ってみて、こういう感触なんだ、と感触も確かめてもいます」
脳は、毎日の生活の中で乳幼児が身の周りのものを探索し、五感から入ってくるたくさんの情報を吸収して、そのたびに大脳の中の神経線維が木の枝のように伸びて、発達していきますが、周囲のおとなが泣いたり笑ったりする赤ちゃんに対して無反応であったり(=刺激が不足した環境)、逆に強すぎる刺激や身に危険を感じるような刺激にさらされると、乳幼児期の脳はその刺激に従って構造や機能を合わせていく形で発達してしまうので、正常な発達が妨げられる、とも指摘しました。
そして、この時期もっとも自然に五感を通した刺激がもたらされるのは、子どもの興味と発達段階に合わせた「遊び」だと強調し、「乳幼児期の重要な経験をすべての子どもたちが日常の中でできる世界の実現を願います」と訴えました。
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公衆衛生医で、大阪府立母子保健総合医療センター/母子保健情報センター長を務める佐藤拓代氏は、ECDの観点から、「子どもの貧困」に関して知見を述べられました。
日本の子どもの6人に1人が陥っているという貧困ですが、貧困には絶対的貧困と相対的貧困があり、特に相対的貧困は、見えにくいことが特徴です。「現代の貧困は、背景が複雑であり、背景を読み解く力が求められている」と佐藤氏は指摘しています。
実際にデータを見てみると、貧困が幼い子どもに多大な影響を及ぼしていることが分かります。大阪府のデータでは、妊婦健診を受けていない割合が、特に貧困に陥りやすい若年層の母親の間で高いことが示されています。佐藤氏は、その背景には経済的要因があると述べました。
妊婦健診が受けられなければ、母親や胎児に必要なケアが受けられないため、赤ちゃんの身体状態があまりよくない状態で生まれてくる可能性も高まります。また、貧困世帯では、生活のために仕事を掛け持ちしたりして心の余裕が無くなり、子どもに対する虐待の誘因になっていること、子ども自身の学習の機会が損なわれることも佐藤氏は指摘しています。
見えにくい貧困の実態を把握するには、健診未受診者や、健診で子どもに発達の遅れがみられた家庭を対象した家庭訪問など、積極的なアプローチをすることが重要です。また子どもに対しては、就学前からの学習の機会の確保や、社会的経験の確保をすることによって、貧困の問題が世代的に固定しない取り組みをする必要性を訴えました。
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ECDの取り組みには、様々なものがあります。妊娠期に適切な栄養をとること、母乳や離乳食を適切な時期に与えること、乳幼児の脳によい刺激を与えること、何よりも子どもと向き合い、触れ合い、愛情を注ぐこと。
シンポジウムのコーディネーターを務めた、アグネス・チャン ユニセフ・アジア親善大使は、「ECDの取り組みは、簡単なことではありません。すべての子どもたち、まだ生まれてきていない子どもたちも含めて、その取り組みを進めなければなりません。それには大変な覚悟が必要です。でも、私はこの“革命”に参加したいと思います」と力強く語りました。
また、シンポジウムに参加された方々からも、次のようなお声を頂戴しています。
「子どもの発達革命」を起こす主体は、途上国だけではありません。私たちひとりひとりが、日本を含めた世界のすべての子どもたちのために、社会の未来のために、乳幼児期の子どもに必要な環境を整えていくことが大切です。
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