【2017年6月20日 東京発】
日本ユニセフ協会は、6月20日(火)、ユニセフ・グアテマラ事務所の副代表として活動する日本人職員 篭嶋真理子氏による現地報告会を開催しました。
©日本ユニセフ協会/2017 |
中米のグアテマラは、高原や山岳部が大半を占める国土におよそ1,600万人が暮らす緑豊かな国です。しかし国全体の貧困率は近年で上昇しており、特に人口の40%を占める先住民族の8割は、貧しい暮らしを余儀なくされています。
この状況は、子どもたちの発達に大きな影響を与えています。グアテマラの5歳未満児のほぼ2人にひとりは慢性的な栄養不良で、先住民族の子どもに限ると、その数値は66%とさらに高くなります。また、子どもの3人に1人は初等教育への準備となる就学前教育(幼稚園)に通えないなど、子どものための施策や投資は決して十分とは言えません。子どもの心身の発達において最も大切な時期である胎児期から幼少期にかけての栄養不良や十分なケアや刺激の不足は、その子どもの生涯に、ひいては社会全体の発展に暗い影を落とします。
本報告会では、栄養不良や就学前教育などを含む「ECD(=Early Childhood Development:乳幼児期の子どもの発達)」をテーマに、グアテマラの現状や取り組みを報告しました。
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©UNICEF Guatemala |
昨年10月に、医学専門誌『ランセット』で子どもの発達に関する特別号が発行されました。その報告書では、子どもに適切なケアをしないことの代償はとても高いこと、子どもはお母さんの胎内にいるときから、ケアが必要であること、子どもへの働きかけは、保健分野だけではなく栄養や保護など複合的なアプローチが大切であること、そしてこうした取り組みには政府のリーダーシップが必要であることを伝えています。こうした提言に基づいて、ユニセフは乳幼児期の子どもの発達を促進する新たなキャンペーンをスタートさせました。
子どもの発達に重要なポイントとして、
を挙げています。これらが整った環境で育った子どもは、自身が持って生まれた潜在能力を最大限引き出すための脳の基礎が築かれると言われています。
『ランセット』は次のようにも述べています- “Biology is not destiny (生物学的な要素で運命が決まるわけではない)”。つまり、生物学的な特徴、たとえば障がいなどがあったとしても、適切なケアを受けられればそれを乗り越えることができます。特に、脳が急速に発達する最初の2~3年に適切なケアを受けられれば、健康で社会の中にうまく対応していける未来を築けるのです。逆に言えば、生物学的には他の子どもと同じ特徴で生まれた子どもでも、きちんとしたケアを受けられなければ、不利な状況に陥ってしまいます。
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さらに『ランセット』による調査では、中・低所得国の5歳未満の子どもの43%にあたる2億5,000万人の子どもたちが、貧困や飢え、不適切なケアのために、自身の潜在能力を伸ばせない状況にあると言われています。そうした子どもたちは、将来十分な収入を得られないなどにより、国の経済的な負担も増します。しかし、脳の発達の著しい乳幼児期に十分なケアを受けられれば、貧困などで被るマイナスの影響を緩和して、問題のない環境にいる子どもたちと同じように、公平な人生のスタートを切ることができます。それは、貧困が世代を越えて連鎖することを防ぐことにもつながり、とても効率的で効果の高い支援と言えます。
たとえばグアテマラで人口の40%を占める先住民の人々は、長い間差別や貧困に苦しんできました。乳幼児期のケアは、そのネガティブなサイクルを断ち切って、問題のある環境に置かれた子どもたちが、より深刻な状況に陥ることを防ぐことができる、唯一のチャンスなのです。
グアテマラで子どもたちを取り囲む大きな問題は、慢性栄養不良と暴力です。
グアテマラの子どもの2人に1人は慢性的な栄養不良ですが、この割合は最貧困層では66%にまで増えます。そのため、ユニセフは栄養改善の支援をしているのですが、現場の視察を重ねると、栄養素を与えているだけでは十分ではないことに気がつくのです。お母さんと子どものやり取りを見ていると、たとえばよちよち歩きの小さな子どもが早く歩けないと、お母さんが後ろから強く押したりします。また、お母さんたちは小さな子どもたちに話しかけたり歌を歌ったりといった働きかけをしません。どうしてしないのかと聞くと、「話しかけてもどうせわからないからしない」と言うのです。
離乳食を与える時も、日本のお母さんのように対面で、話しかけながら口に運んであげるのではなく、背負った子どもに後ろ手で食べ物を渡しているだけだったりするのです。これでは、子どもがちゃんと食べているか、どのくらい食べたかもわかりません。食べている栄養素が足りていないだけではなく、お母さんとの情緒的な関わりも少ない。これは栄養面の不足以上に問題であることに、ユニセフは気づかされました。そこで、ユニセフは3年前から、「コミュニティ乳幼児センター」を設置して、子どもの健全な発達を促すための支援をおこなっています。
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「乳幼児コミュニティセンター」は、出産前の夫婦から6歳未満の子どもと親たちを対象に、年齢や成長過程に合わせた遊びや学びを得ることができるコミュニティのスペースです。大きく、①出産前の育児教室 ②親子で遊んで学ぶプログラム ③親対象の教育プログラム の3つのコースが用意されています。
先住民族の女性の60%は自宅で出産するグアテマラでは、生活するなかで、保健所等との接点が少なく、正しい妊娠・出産の知識や育児の知識を得ることができません。育児教室では、妊娠中に気を付けなければならないことや、新生児や乳児の育て方などを学ぶことができます。親子のプログラムでは、年齢別のグループに分かれてそれぞれの発達段階に適した遊びや歌、学習などを親子で楽しみます。おとなへの教育プログラムでは、子どもの発達や栄養、保健など子育ての知識を学ぶことができます。
コミュニティセンターには、親以外にも地域のおとなが参加することがありますが、ある男性は、ここに通って自分の育児が間違っていたことに気がつき、「孫たちに対しては立派なおじいちゃんになる」と話していました。グアテマラは伝統的に男性優位のmacho (マッチョ)な国ですが、父親や男性が育児について学ぶことはとても大切なことだと思います。また、コミュニティセンターで栄養について学んだことで、「子どもだけでなく家族みんなが健康になった」と話してくれた母親もいます。
こうしたコミュニティセンターは、現在15カ所にありますが、その運営はコミュニティのボランティアが担っています。コミュニティ内で先生となる人を募り、ユニセフがトレーニングを行います。ユニセフが提供するのは、このトレーニングと玩具などの資材のみ。センターの場所や時間割、リーダーなどはすべて、コミュニティの方々が決めます。住民が主体的につくり上げていくというのが、大切なポイントです。15カ所のセンターに通っている子どもは約800人以上で、妊婦は200人以上、保護者は約1200人いますが、一人当たりの費用は年間5ドル以下なので、費用対効果の高い取り組みだと言えます。現在15カ所にあるこうしたセンターは、規模を現在よりももう少し拡大できたら、政府や自治体に引き渡し、継続的な取り組みにしていきたいと考えています。
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乳幼児期のケアと関連する、グアテマラの大きな課題の一つが社会保障です。
今年3月に、171人の障がい児を含む600人もの子どもを収容していた大きな児童保護センター(児童養護施設)で火災が起き、41人の女児が命を落とすという事件がありました。こうした施設では、乳幼児期に大切な、人との安定した関係の構築や十分な刺激を受けることが難しく、特に障がいのある子どもたちにとって、ベッドの上で放置されるような環境は、大きなダメージとなります。親の暴力や虐待、貧困などによって家庭にいられなくなった子どもたちが“保護”されているわけですが、本来子どもは、できる限り家庭に近い環境の中で成長するべきです。ユニセフ等はこうした施設はなくすべきだと訴えていますが、施設によって成り立っているビジネスがあり、残そうとする圧力も根強くあります。
グアテマラで保護センターのような施設で暮らす子どもは5,000人ほどいますが、調査によるとその97%には親がいて、33%は貧困を理由に施設での暮らしを強いられています。子どもたちが、こうした施設に送られることを防ぐ、貧困や何らかの社会的リスクに直面している家庭への社会保障が本当に必要だと思います。
また、乳幼児の発達のための公共政策の見直しも大切です。たとえば、親が十分に子どもとの時間を持ち育児ができるような育児休暇制度などは、企業の努力だけでなく政策として国が整えるべきですし、そのための子どもへの投資も増やさなくては実現しません。グアテマラでは、子どもへの投資額は一人当たり一日1米ドル以下です。それでは十分なことはできません。乳幼児期のケアの大切さをもっともっと啓蒙して、子どもの発達や教育への政策や投資を促していかなければならないと思っています。
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