2023年3月15日東京発
シリア危機が13年目に突入します。長期化し世界で最も多くの難民を出している紛争、先月起こった大地震、また経済危機の影響は、脆弱な立場にいるシリアの子どもたちに幾重もの苦しみを背負わせています。ユニセフ・シリア事務所の根本巳欧副代表が、現在のシリアの様子と今後の課題について報告しました(本記事は、今月3日に開催したオンライン記者ブリーフィングの内容をまとめたものです)。
* * *
――シリアを取り巻く背景について、教えてください。
まず初めに、日本の皆さまや日本政府を含め、多くの方々からユニセフの活動をご支援いただいていることに、感謝申し上げたいと思います。
シリアでは紛争が始まってから12年になります。これは子どもに置き換えると、生まれてから小学校を卒業するまでの期間に相当します。12年間、全く学校に行けなかった子どもたちもたくさんいます。
さらには経済危機が進み、貧困も大きな課題となっています。紛争前、シリアという国は非常に発展していたにもかかわらず、現在は国民の多くが貧困ライン以下で生活しています。また、基礎サービスへのアクセスも大幅に悪化しており、例えば日本で言う3種混合といった予防接種も、かつては90%以上の接種率でしたが、今は約3分の2の子どもたちしか接種できていない現状があります。
そのような背景下で、先月の大地震が起きました。北部が震災の影響を一番大きく受けていますが、ここは現在も紛争が続き、政府側と非政府側とに分断されており、地震以前から支援を届けにくい地域です。こうした紛争地帯へはガジアンテップという隣国トルコの町から、国境を越え、シリアまで緊急支援物資を届ける必要があり、非常に複雑な情勢となっています。
シリアは今回の震災、その前から続く紛争、経済危機、といった複数の危機の中にあります。これら危機を今後どのように乗り越えていくのか、またその中でどう子どもたちを支援するのか、考えなければいけない難しさがあります。
――2月の大地震直後の様子は?
最初の大地震が起きた2月6日の早朝、被害が大きかったアレッポという町にいたスタッフによると、はじめは何が起きているのか分からず、飛び起きてまず建物から外に出たそうです。皆、地震には慣れていません。当日はとても寒く、冷たい雨、ところどころ雪が降っていました。こうした中、人々は路上で一夜を過ごしたそうです。
その後、ユニセフはすぐに震災への対応を始めました。翌日、現地の自治体関係者に会って支援の活動などを協議し、そしてこれまでの約1カ月、多くの子どもたちに支援を届けています。
――支援を行う中で目にした状況について、教えてください。
もともと地震が起きる前から、2月にユニセフのシリア事務所に赴任する予定がありました。しかし震災が起きたため、渡航予定を早め、地震発生から5日目にシリアの首都ダマスカスに入りました。
ダマスカスに到着した3日後、被災地域に行き、現地のニーズ調査などに携わりました。この写真は、私が訪れたラタキアという北西部の海岸の町で撮りました。日本の皆さまにとってこの被害状況は、もしかすると阪神・淡路大震災や、あるいは東日本大震災を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。多くの建物が全壊、あるいは半壊し、人が住めなくなっていたり、そこで亡くなった方も大勢いました。
被害もまちまちで、例えばある建物は全壊してしまい、すぐその隣にある建物は残っているが住むことはできない、というような状況でした。
このような状況下でも一刻も早く生活を取り戻そうと、道端では地元の方が電話回線を復旧させようとしていました。また、亡くなった方々を埋葬する墓地もありました。緊急に作られたこうした墓地のようなものは、町の各地で目にしました。
紛争地域に近いアレッポにも、支援のため訪れました。アレッポは12年間に及ぶ紛争により、地震の前から多くの建物やインフラが破壊されていました。それにこの地震が加わり、二重三重の被害、苦しみを受けている人たちがたくさん住んでいる、という状況にありました。
――被災地の支援ニーズは?
日本では地震が頻繁に起きるので、私たちもある意味慣れてしまった部分もあるかもしれません。しかしシリアの人たち、特に子どもたちにとっては、日常生活で全く経験したことのない、大きなトラウマを抱えるような経験となりました。そのため、心のケアのニーズが出てきています。また水と衛生のインフラが破壊されているため、給水設備やトイレなど修復というのも大きなニーズとなっています。さらには保健、栄養の支援を必要とする人数も増えています。また被災した学校の修復、あるいは学校の再開も大きな課題です。
地震により、シリアで亡くなった方は5,000人以上、負傷者は10万人以上と言われています。そしてそれより多くの人々が家を追われ、学校のような避難所でいまだ生活を余儀なくされています。学校に関しては、全国で1,600校以上が被害を受け、そのうち400校については、再開の目途が立っていません。また150校以上が、避難所として使われています。東日本大震災の時にもあったことですが、学校が避難所として使われている限り、授業の再開が難しい現実もあります。そのため、子どもたちにいかに教育の機会を提供するか、学校に戻ってもらうか、というのも大事な取り組みの一つとなっています。
ユニセフは子ども約260万人を含む、540万人のシリアの人々に、支援を届けようとしています。ニーズに応じて様々な分野において、今も、この瞬間も、地震で被災をされた方々のために支援を続けています。もともと地震前からシリア事務所では200人以上のスタッフが活動していましたが、今はさらに人員を増やし、現場での支援活動を強化しています。
――どんな支援を届けている?
チャーター機を3機を使い、首都ダマスカスから北西部の被災地域に、テントや毛布、衛生キットなどの緊急支援物資を届けています。また物資の提供だけではなく、例えば保健所、あるいは避難所となっている学校に移動式保健・栄養チームを派遣し医療診断を行ったり、医薬品を提供しています。さらには一時的な教育施設を設置し、6万5,000人以上の子どもたちに教育やレクリエーション活動などを提供しています。
水と衛生の支援において、まずは給水車などを手配し、現地の人々に一刻も早くきれいで安全な水を届ける活動を続けています。また避難所となっている学校では、トイレを設置し、毛布やテントなどを配布しています。机などを取り除いた教室が避難所として利用されていますが、そこに数世帯で一緒に住む共同生活がいており、そういった環境下での子どもの保護にも力を入れています。
また喫緊の課題である心のケアに関しては、ソーシャルワーカーを増員したり、レクリエーション活動を通じて、子どもたちに日常を取り戻してもらえるような活動を続けています。それに加えて、例えば障がいのある子どものいる家族には現金給付という形で、一時的な緊急支援や生活の基盤を整えてもらうような支援も行っています。
この1カ月、ユニセフはパートナーと協力し、多くの成果を出しています。
――被災地で出会った子どもたちについて、教えてください。
私と一緒に写っているこの男の子は知的障がいがあり、必要なケアが受けられていませんでした。こういった子どもにはソーシャルワーカーを紹介し、支援を行います。
次の写真は人形を使い、避難所で暮らす子どもたちに心のケアを届けている様子です。「地震は怖くないんだよ、安心していいんだよ」といったメッセージを伝えています。
ユニセフは病院に行き負傷した子どもたち一人ひとりを訪問し、体の治療だけではなく、心のトラウマを取り除くような活動もしています。この写真の女の子は、私が他のユニセフスタッフとともに訪問したラタキアの病院で会った女の子です。「学校に戻りたい?」と話しかけたところ、「私、実は学校に行ってないの」と教えてくれました。紛争により、彼女は別の町からラタキアに逃れてきていました。さらに今回の地震で被災し、避難所まで逃げてきたのです。
こうした避難を何度も繰り返している、彼女のような子どもや家族はたくさんいます。学校にも行けてない子どももたくさんいます。彼女たちに、いかに学校に戻ってきてもらうか、そういった活動が、今後中長期的な課題になると考えています。
――シリアで支援を届ける難しさについて教えてください。
お伝えしたように、紛争のため、首都ダマスカスからアクセスできる地域とできない地域があります。誰ひとり取り残さず、子どもたちに支援が届けられるような環境が双方で整えられることを、ユニセフは期待しています。
アクセスできる地域に関してはこれまで通り、首都から支援物資を届けたり、人員を送り支援活動を続けています。ただし経済制裁の影響もあり、できること、できないこと、非常にはっきりしています。例えば使途が限定されている資金もありますので、確実に支援を届けるため、NGOパートナーと協力するなど工夫しなければなりません。
一方で、首都よりアクセスができない地域に関しては、トルコ側から国境を越える形で支援を行っています。例えば国連の各機関は、国連安全保障理事会の決議に則り、物資を届けるトラック隊を派遣しています。ユニセフもその一員として、水と衛生、保健に関する緊急物資などを届けています。ただしこちらも、物資の搬入、あるいは輸送という点で、国連安保理で決められたルールに則って行わなければいけない、という難しさがあります。
シリアにおける支援活動が、厳しい環境に置かれているのは確かです。ユニセフはパートナーNGOやコミュニティのパートナーなど、様々な草の根のネットワークを活用し、支援を届けています。今回の震災では、これまで一緒にパートナーとして活動してきたコミュニティの人たち自身も被災しているので、被災者でもある彼らをサポートしながら、いかに支援の輪を広げていくか、というのが鍵になります。
ユニセフ職員が入国する際のビザの制限の緩和、また国内出張の制限は緩和されてきています。例えばアレッポへ出張する場合、これまでは申請を提出し、政府より許可をもらってからでないと行くことはできず、その手続きに2、3週間かかっていました。しかし今は震災支援であれば、許可なしで行くことができます。さらには緊急支援物資の輸入、搬送手続きの簡素化といったように、政府も震災支援に真剣に取り組んでいる姿勢が見られると感じています。これは、国連やNGOを含む、支援をする立場の人間にとっては非常に嬉しいことです。
今回の震災支援は、これまでの支援のやり方を変えていくチャンスにもなり得るかと思います。アクセスの問題が徐々に解消されてきており、これまでなかなか行くことができなかった地域にも、支援のために訪れることができるようになりました。また、これまでなかなか支援が届かなかったコミュニティに行くことで、学校へ戻ろうといったメッセージを伝えたり、医療制度や心のケア、子どもの保護に関する支援を行ったり、と新たな機会にも繋がっています。
――本当に必要としている人に支援物資は届いていますか?
ちょうど3日前に、ダマスカス空港の近くにあるユニセフの倉庫に行きました。本当にひっきりなしに物資が搬送されてきており、そこから現場に届けられている状況を目の当たりにしました。届ける手続きについても、お伝えしたようにこれまでと比べプロセスが若干簡略化されたので、特に何か障壁を感じることはありませんでした。
物資はドバイとコペンハーゲンにある倉庫からダマスカスに届き、そこから陸路で被災地域に運ばれています。一旦アレッポやラタキアといった被災地に届けて、そこからさらに、パートナーや避難所に届ける、といったようなロジスティクス(輸送網)が整えられています。非常に多くの物資が今、例えばアレッポなどに届き始めていますので、現地でそれを捌ききれなくなっている、というキャパシティーの課題はあります。これは東日本大震災の時、同じような経験をした自治体もあったかと思います。ですので現在、必要な物資を、必要としている人々にいかに早く届けるか、調整を続けているところです。
――現状の課題は?
まず課題となっているのは、柔軟な資金の確保です。ユニセフは今後3カ月で、約1億7,200万米ドルの資金が緊急人道支援のために必要、と推定しています。現在5分の1ほどの金額しか確保できていません。資金の確保ができないと、支援が必要な子どもたちに支援が届かなくなってしまうことを意味します。
さらには短期的な緊急支援ではなく、広範囲で長期的な視点での再建、例えば制度を整えることを念頭に活動していくことも大切です。東日本大震災の際にも復興のなかで取り組みのあった「ビルド・バック・ベター(Build Back Better)」――いかにこれまで以上に良いシステムや制度をつくることができるかが、シリアでも大きな課題になってきています。
最後に防災、つまり次の震災にどう備えるか、という点も重要だと思います。様々なパートナーと協力した制度作りだけでなく、啓発活動なども大切になります。
――日本が、あるいは日本にいる方々ができることは?
私はシリア到着後、地元の方々やパートナー団体など、様々な人と話したのですが、非常に親日的な国、という印象を受けました。特に、震災を経験している日本からの支援への期待も、とても高いように思います。これは物資の支援だけでなく、復興支援に繋がるような、日本の技術や知見に対する期待です。
例えば東日本大震災の時、一部の東北の自治体では「子どもたちの声」を聞きながら、町の復興やコミュニティの再建に繋げていく取り組みがありました。震災の被害を受けたシリアでも、今後こうした取り組みは非常に重要になっていくと考えています。
日本の皆さまには、シリアの方々からのこうした思いを忘れないでいただきたい、シリアにいる子どもたちを忘れないでいただきたい、と伝えたいと思います。
――最後に
冒頭にも申し上げましたが、日本の皆さまや日本政府から、ユニセフを通じての大きな震災支援をいただき、心から感謝いたします。本当にどうもありがとうございます。
12年の紛争、そして今回の震災、幾つもの危機を乗り越えてきたシリアの子どもたちを、これからもどうか忘れないでください。繰り返しになりますが、私からはこのメッセージを送りたいと思います。
まずは一刻も早く、子どもたちに日常を取り戻してもらい、子どもが子どもらしく遊んだり、学んだりできる環境を整える。これが、ユニセフにとっての一番の優先課題となっています。震災を経験したことのある日本の方々にとっては、共感いただけることなのではないかと思います。
こうした子どもたちのためにぜひ、手を取り合って、皆で投資して、社会を再建し、地域の安定化に繋げていければ、と考えております。
引き続き、日本の皆さまからのあたたかなご支援をお願いしたいと思います。
* * *
登壇者略歴
根本巳欧(ねもと・みおう)ユニセフ・シリア事務所副代表
東京大学法学部卒業後、米国シラキュース大学大学院で公共行政管理学、国際関係論の両修士号取得。外資系コンサルティング会社、日本ユニセフ協会を経て、2004年4月にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO、子どもの保護担当)として、ユニセフ・シエラレオネ事務所に派遣。子どもの保護担当官としてモザンビーク事務所、パレスチナ・ガザ事務所で勤務後、東アジア太平洋地域事務所(地域緊急支援専門官)を経て、2016年10月からUNICEF東京事務所に勤務。2020年12月から2021年4月まで同事務所長代行、2021年3月から6月までソウル事務所長代行を務め、2022年5月から8月まで緊急支援調整官としてブルガリア事務所勤務。2023年2月からユニセフ・シリア事務所で副代表として勤務。