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記者ブリーフィング
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極度の貧困や乳幼児死亡率の削減、普遍的教育の実現など、国際社会が取り組むべき8つの目標を定めたミレニアム開発目標(MDGs)が今年、その達成期限の年を迎えました。世界のこの15年間の努力によって、5歳未満児の死亡数は半数以下に減り、学校に通えない子どもの数が44%減少するなど、さまざまな分野で大きな成果が報告される一方で、いまも残る根深い格差や、中進国・先進国も含む子どもの貧困、暴力や搾取からの保護といったMDGsから取りこぼされていた問題の深刻化も明らかになりました。
MDGsの後継となる新たな目標『持続可能な開発目標(SDGs)』は、17分野の目標と169項目のターゲットから成り、今年9月の国連総会で正式に採択されようとしています。MDGsと比べてよりより広範囲の国際課題に対応しているSDGsを、“子ども”をキーワードにその意義や背景を解説し、SDGsと子どもの生存・発達の関係性について理解を深めていただくことを目的とした記者ブリーフィングが、ユニセフハウスにて開催されました。
日本ユニセフ協会 学校事業部アドバイザー 池田礼子
2000年からの15年間、国際社会はMDGsの目標達成のために非常に努力をし、大きな成果を上げてきました。特に、目標を数値化したことにより、国際社会が一丸となって取り組むことができ、成果を上げることができたと説明しました。しかしながら、国レベルの平均値での評価であったため、その中で取り残されてしまった人々が存在し、地域間、国家間で達成度に格差が生じた点が課題であると指摘。またMDGsでは特に厳しい状況にある子どもたちの保護の問題が見落とされていたこと、地球温暖化や気候変動、世界経済の問題など、世界規模で取り組まなければならない問題が含まれていなかった点も課題であると述べました。
本年9月25日〜9月27日の国連総会で採択される予定のSDGsは、17分野の目標と169項目のターゲットから成り、その中でも特に「国内および国の間の不平等の削減」が単独の目標として掲げられたことは注目に値すると指摘。SDGsは「誰ひとり取り残さない—公平性」を重視し、先進国が開発途上国に支援するのではなく、世界全体が共に目標に向かうという理念に基づいていることを強調しました。さらに、「子どもの権利」という視点からSDGsを見ると、MDGsには含まれていなかった「子どもの保護」や「子どもの貧困」に関する目標が新たに加えられたことは評価に値するとし、具体的には、子どもの貧困に関して各国定義で測った多面的な貧困状態の削減を目標とすることで、先進国における相対的貧困の削減にも取り組むということ、また、妊産婦と子どもの死亡率に関する目標に具体的数値目標が掲げられたこと、教育に関する目標では就学率のみではなく、学習成果、学習環境に関する目標も掲げられたことなどについて説明しました。
最後に今後のプロセスについては、2016年3月までにSGDsの進捗を測る指標を策定することを説明。SDGsではより各国のオーナーシップを重視し、国および国内地域レベルでの指標を策定、実施し、レビューを行っていく予定であることを報告しました。
ユニセフ・ベトナム事務所代表 ユーソフ・アブデル・ジェリル
© 日本ユニセフ協会/2015 |
中進国の中の格差について語るアブデル・ジェリル代表。 |
続いてユニセフ・ベトナム事務所のユーソフ・アブデル・ジェリル代表が、「SDGsを通じた公平性の実現」について、ベトナムの視点から報告しました。ベトナムはMDGsに基づく貧困削減に取り組み、貧困率は1993年の58%から2012年には17%へと急激に低下し、多くの成果を上げてきました。しかしながら、多数派民族と少数民族の間には依然として格差が存在し、今なお少数民族の3人に2人は貧困状態にあるという事実について、具体的な事例を挙げながら説明しました。例えば、農村部に暮らす少数民族の人々は地理的な問題から支援が行き届きにくく、多くの課題を抱えていることを指摘。小さな家に大家族で暮らしていること、水へのアクセスがしにくいこと、栄養不良が大きな問題となっていること、学校まで片道1時間もかけて通わなければならないことなどについて話しました。また、学校では少数民族の子どもたちの母語で教育が行われておらず、言語的な障壁を克服しなければならないことも大きな課題です。さらに、妊産婦の健康、5歳未満児の死亡率、小学校の入学と修了率においても多数派民族と少数民族との間に格差が存在すること、障がいのある子どもたちの就学機会の必要性についても述べました。
また、ベトナムでは現在ホーチミンなどの都市部における5歳以上の人口のうち16%が移住者であり、移住者の多くは貧しい生活を送らざるを得ない状況にあるということについても触れました。都市の発展とは逆行して、移住者の多くは荒廃したエリアの狭い家に暮らし、子どもたちは戸籍制度の制限によって教育や保健医療へのアクセスがなく、困難な状態にあることを指摘。ユニセフは移住者の子どもたちが学校に通えるようサポートを行ったり、子どもたちの家族が社会サービスにアクセスできるよう支援をしたりしていると話しました。
ユニセフは、ベトナムの8つの県で子どもたちの教育、保健、栄養、水と衛生、HIV/エイズ予防、子どもの保護などに関して活動を行ってきましたが、こうした地方での活動に関するデータは、政策策定や法律改正などの良い情報源となり、子どもの権利実現の後押しとなることも指摘しました。
最後にアブデル・ジェリル代表は、MDGsからSDGsへの移行はベトナムの発展にとって非常に有益であるとの考えを示し、特にMDGsで達成できなかった目標を達成するために多面的な努力が必要であることを指摘。ベトナムにおいては子どもたちの格差を是正するための公平性と、インクルージョンが重要であること、そのためのパートナーシップの必要性について強調しました。
首都大学東京 教授 阿部 彩 氏
© 日本ユニセフ協会/2015 |
日本の中の子どもの貧困がどうSDGsと結びつくのか説明する阿部教授。 |
阿部教授は、今回SDGsが先進諸国の貧困にも焦点を当てたことは、私達日本人にとって非常に画期的であり、大きな意味を持つことであると指摘。日本ではどこにいても食料が手に入る環境だが、実際に食料を得るためには所得が必要であり、家庭の所得が少ないために食事が十分に取れない子どもたちが実際に存在すると話しました。また、定時制高校の廃止により長時間かけて自転車で通学する子どもたちがいることも報告。SDGsの目標にはあらゆる側面における貧困を各国定義で撲滅し、各国に適した社会保護システムを実施するという項目があるが、日本の社会保障システムがこの目標を達成するために十分に機能するよう見直さねばならないと強調しました。
貧困率に関しては、日本では国の基準による貧困状態にある子どもは全体の16.3%で6人に1人、過去1年の間に金銭的な理由で家族が必要とする食料が買えなかった家庭はひとり親世帯の3割以上であることを報告。医療保険制度については、日本における子どもの無保険は改善されたが、3割の自己負担やおとなの無保険の問題は依然として残っていいます。低所得層には子どもが病気でも医療サービスを受けられない家庭が多く存在し、その理由としては自己負担金を支払えないこと、ひとり親世帯においては親が非正規労働者のため仕事を休めないといった理由が挙げられると話しました。
また、家庭の所得と子どもの学力は相関していると説明。貧困層の子どもたちに対する学習支援の現場では、九九、分数の計算などができない子どもの例が多数報告されていると報告。学校が存在するということだけでは、学力の保証はできていないと警笛を鳴らしました。
電気、ガス等のエネルギー料金を支払えない世帯もあり、これは現代的エネルギーへのアクセスに関するSDGs目標と相反するものであると指摘しました。
最後に不平等の削減に関して、日本では現在高所得者の所得が拡大するのではなく、中所得層が低所得層へ移行することによって格差が拡大しており、閉塞的な社会につながっていると指摘。SDGsでは最も貧しい40%の人々の収入の伸び率を国家平均よりも高めるということが掲げられているが、こうした日本の動きはSDGsと逆行するものであり、今後日本が取り組むべき大きな課題であると述べました。
ユニセフ・ガザ事務所所長 パネラ・アイアンサイド
© 日本ユニセフ協会/2015 |
ガザの状況を、これまでの経験の中で、最も子どもたちにとって過酷な場所であると話すアイアンサイド所長。 |
最後にユニセフ・ガザ事務所のパネラ・アイアンサイド所長よりガザの視点から見た「暴力や搾取からの保護」について報告しました。報告の初めにアイアンサイド所長は、危険な状況に直面する子どもたちは潜在能力があるにも関わらず、平和で生産的な社会の構築に貢献することができないと指摘。MDGsに子どもの保護が含まれていなかった理由として、保護の対象となる子どもたちが出生登録されていなかったり、学校に通っていなかったりと、目に見えずらい子どもたちであったことを挙げました。また、こうした子どもたちの保護に関しては、何をもって進歩とするのか測りにくいが、必ず進歩を測る方法は存在する、だからこそSDGsに支援の行き届きにくい子どもたちの保護を含めることが大切であると話しました。また、社会的規範や差別的な慣行、姿勢によって、暴力や搾取の影響を受けている子どもたちがより見えにくくなっていることも指摘しました。
次にガザ地区の状況に関して報告。昨年51日間に及ぶ紛争があったパレスチナは、休戦から1年を迎えました。ガザ地区は378km2に180万人が居住する世界でも人口密度が高い地域であり、1990年代から20年以上にわたり発展を阻害されてきました。また、2007年よりイスラエル政府の規制によってガザ地区への出入りが自由にできなくなり、人々は狭い地域の中で安全を求めて彷徨っています。イスラエル政府によって輸出入が規制されているため、経済が成り立たず、失業率は世界で最も高い43%です。さらにガザ地区は海水の影響を受けているので、95%の水が人間の消費に適しておらず、一日に16時間も停電しています。保健医療サービスは崩壊し、基本的な医療へのアクセスが非常に困難な状況にあります。
© UNICEF Palestine |
人形を抱くガザの子どもたち |
ユニセフが最も心配していることは、このような状況下で、子どもたちの将来が危険に晒されているということです。85%の学校では通常の約半分の4時間しか授業を受けることができません。昨年の51日間に及ぶ紛争では、539人の子どもたちが命を落とし、3,364人の子どもたちが負傷しました。避難所として使用されていた7つの学校が攻撃を受け、中にいた40人の方が亡くなり、多くの人々が被害に遭いました。ガザ地区に住む6歳の子どもは既に3つの紛争を経験していることになり、2人に1人の子どもが何らかのトラウマや精神的苦痛を抱えています。
アイアンサイド所長は、このように発言権を奪われてしまっているパレスチナの人々の状況を踏まえて考えると、パレスチナにおけるユニセフの最も重要な役割は、紛争が子どもたちにどんな影響を与えるのかをはっきりと述べるアドボカシー(政策提言)であると強調しました。さらに物資や水と衛生、保健、栄養等の人道支援の必要性も指摘。また、紛争は子どもの教育、社会との関わり方、彼らの将来について何を発言していくのかということについて大きな影響を与えると説明し、子どもの保護の重要性を主張しました。
最後に、ガザの若者が将来の雇用機会や可能性に関して希望を取り戻せるように、ユニセフとして彼らの将来に対して投資していくことが非常に重要であると強調しました。SDGsを考えるときにはガザの将来性を反映させたものにして欲しい、ガザの秘めた可能性は無限大であると話しました。