【2016年3月 東京発】
当協会は、2015 年、日本弁護士連合会との共催で、『子どもの権利とビジネス原則』をテーマとしたセミナーシリーズ「ビジネスで守る子どもの権利」を開催しました。12月10日(木)の第5回セミナーでは、「責任ある投資」を、これまであまり結びつけられることのなかった「子どもの権利」の視点から議論しました。
© 日本ユニセフ協会/2015 |
大和総研調査本部主席研究員の河口真理子氏は、まず、現在のESG投資につながるSRIの歴史を紹介し、1920年代の宗教的・倫理的動機に基づく投資や、米国で60年代から社会運動(企業に枯葉剤を作らせない等)の一環として行われた投資は、リターンより社会目的を重視しており、主流の投資家にとってはかなり特殊なものであった、と述べました。変わって90年代に入ると、日本ではISO国際規格の導入等により環境配慮への認識が、欧州では、EU統合の進展で人権、労働分野への関心がさらに高まったことから、それらの要素を“企業価値を高める可能性のあるもの”として評価するESG投資の動きが盛んになり、さらに2000年代に入ると、長期的視点を重視する年金基金がこの動きに賛同、2006年の「国連責任投資原則(PRI)」が、多くの年金基金の署名を得ることで世界のESG投資市場拡大をけん引している、と説明しました。
評価に社会性を加味したサステナブル投資(ESG投資含む)は、世界の運用資産の3割(2014年)にまで拡大したものの、3分の2が欧州、3割が北米で、アジア・オセアニアは1%にすぎない現状も紹介。日本での取り組みが欧米から大きく遅れる中、2015年9月にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名したことで国内の関心が急速に高まっており、今後影響が国内の運用会社等に広まっていくだろうとの見方を示しました。
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河口氏は、ESGへの注目がより高まった契機としてリーマン・ショックを挙げ、これ以降金融の信頼回復のため「よい社会構築のための金融の役割」への関心が高まり、一般の人の価値観の変化が、自分たちのお金で人権や環境に配慮した社会のしくみ作りに投資してほしいとのメッセージとして投資家に伝わっている、と指摘。さらに、グローバル化の進展に伴う格差の拡大等に関心が集まる中、2015年9月に国連で「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択され、「持続可能な生産消費形態」が目標の一つに掲げられたこと、10月には英国で「現代奴隷法」(英国でビジネスを行う企業に人身売買報告書の開示を義務付け)が施行されたことによって、より多くの投資家やNGOが人権の問題に注目するようになっていることや、最近では、ゲイツ財団などの巨額な寄付金が、乳幼児の健康、子どもの教育などの社会課題に応えるようなお金の流れを作っていることも説明しました。
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損保ジャパン日本興亜ホールディングス・損害保険ジャパン日本興亜 CSR部特命課長の市川アダム博康氏は、地球環境や社会の様々な変化の中で、各種の国際的イニシアティブに参加しつつ、事業活動を通じて社会的課題の解決とグループの成長の双方を同時に実現するCSRを目指していると述べ、具体的な取り組みとして、まず、子どもに関連した安心・安全・健康に資する商品・サービスを紹介。自動車事故に備える損害保険の提供と平行して、交通事故防止にも長年取り組んできたとして、「黄色いワッペン贈呈事業」を紹介しました。また、子どもの貧困問題に関連した、保護者の経済状況悪化による子どもの教育への影響に備えた「学業継続支援サービス保険」等も説明し、保険会社には保険を通じて社会基盤をサポートする役割がある、と述べました。
また、金融機能を活かした社会的課題解決への取り組みとして、日本の保険会社として初めてPRIに署名し、「持続可能な保険原則(PSI)」には策定メンバーとして参画、早くからエコファンド(「ぶなの森」)を販売していることを紹介。今後は子どもに特化した商品もできるかもしれない、と述べました。さらに、NPO等との協働を通じた地域貢献の取り組みである「防災ジャパンダプロジェクト」(東日本大震災後に現地で保険金支払い業務に携わった社員の思いから始まった、子ども向け防災人形劇・体験型防災ワークショップ)や、財団を通じた子どものための取り組み(美術館を活用した対話型美術鑑賞会、認可保育所の設置など)も紹介。SDGsを企業として実践していくためのツール(SDGコンパス)に注目していることにも言及しました。
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FTSE Russell社Head of ESG, Asia Pacificの岸上有沙氏は、同社のESG評価のプロセスについて次のように説明しました。まず、①経済人の視点(世界経済フォーラムに登録する世界の経済人が考えるグローバルなリスク)、投資家の視点(PRIの項目)等から、共通の関心項目を洗い出し、14のESGテーマを特定。次に、②可能な限り既存のESGに関連する国際基準(「子どもの権利とビジネス原則」(以下、「原則」)もその一つ)との整合性をとり、さらに、③業種、地域、多国籍企業であるか等、企業の特徴ごとに該当するテーマを特定するマテリアリティ・マトリックスを作成。これをもとに、④14のテーマをさらに細かく分けた300以上の指標を用いて、各企業にとってどのような潜在的リスクがあるか、⑤それらにどう対応しているかを分析して評価を行っているとのことです。
14のテーマのうち子どもは「人権と地域社会」、「労働基準」、「社会的サプライチェーン」の3つに関係し、具体的には、自社における児童労働の防止、サプライチェーンにおける児童労働の防止、児童労働だけではないより広義の子どもの権利に関する取り組み(「原則」へのコミット含む)の3つが、詳細項目に含まれているとのこと。子どもに関連する具体的な事例として、「原則」に言及したもの(従業員への研修、子どもとのコンサルテーション、業界の基準作り、取引先への基準の徹底等)や、言及はないもののその趣旨に沿ったもの(子どもの性的搾取の予防(旅行業)、オンライン上の子どもの保護等)を紹介し、投資判断としては、これまでリスク面である児童労働が注目されていたものの、徐々により広義の「子どもの権利」への関心も高まっている、と述べました。
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後半のパネルディスカッション(司会:日弁連企業の社会的責任と内部統制に関するプロジェクトチーム副座長 高橋 大祐 弁護士)の中で、ESG投資の中で子どもの権利が重要な評価項目となる可能性について問われた河口氏は、「子どもの権利」と言うと抽象的であるが、国際金融機関等が発行している社会貢献型債券(日本では2008年に最初のワクチン債発行、その後教育支援債、インクルーシブ・ビジネス・ボンド等に発展)は、「何人の子どもが救われたか」等インパクトがはっきり見えてわかりやすいため、社会貢献と投資が一体になったものとして関心が高まっていることを説明。また、株式投資においても、全体で見ると「子ども」は数多くの評価項目の一部でしかないが、ESG投資に関する素地はできているので、業種・業態によっては子どもにフォーカスした投資を促す仕組みもあり得る、と述べました。
日本でESG投資が進んでいないことに関しては、日本では株式投資が“博打”ととらえられがちであることなど、一般的に金融リテラシーが低いことが背景にあると指摘。年金でクラスター爆弾の会社に投資していることがテレビで取り上げられ、国民の間でESG投資の議論が高まったオランダの例を挙げ、国民の理解と、国民が納得できる投資や評価の仕組みの重要性を強調しました。
ESG評価の対象でもあり、一方で投資家でもある金融機関。取り組みの経緯を問われた市川氏は、1992年に(当時の)社長がリオ地球環境サミットに参加したことがきっかけで、直後に地球環境問題への取り組み(市民向け講座等)やNGOとの対話を開始したこと、社外有識者も交えて作成したESGチェックリストを用いて投資判断を行っていること等を説明しました。同社の取り組みに対し河口氏は、ESGリスクが業務に直結している損害保険会社の強みをベースに、実務のノウハウを投資家サイドに生かして幅広い取り組みを行っていることを評価し、さらなる取り組みに期待を寄せました。
岸上氏は、金融危機以降の金融のリスクや責任に対する関心の高まり等を受け、金融機関に特化した評価項目を設け、リスク管理やガバナンス、取引の透明性、金融バリューチェーン上での取り組み(投融資先の児童労働、環境リスクマネージメント等)などを特に評価していることを紹介。子どもの金融教育等、プラスの意味でアピールできる金融ならではの取り組みの可能性にも言及しました。
岸上氏は、2001年にFTSE4Good(FTSEが作成管理する社会的責任投資の代表的指数)が作られた際、NGOからは評価項目が簡単すぎるとの、企業側からは逆の、また自社が入っていないことへの非難が寄せられたが、“あえて各種ステークホルダー皆さまから批判されるようなバランス(Challenging but Achievable)を目指し”ている、と説明。定期的に基準を強化するにあたっては、新基準の評価において指数組み入れの要件を満たしていない企業をすぐに外すのではなく、一定期間を経て改善が見られない場合のみ除外することにより、投資商品としての安定性を保ちつつ、インデックス会社ならではの関わり方で企業の取り組みの底上げにつなげてきた、と述べました。市川氏は、同インデックスへの採用は対外的アピールと同時に、社内のCSR以外の部門と評価の観点を共有できる、社内浸透のよい機会になっていることを説明しました。
本セミナーシリーズで何度も議論に上ってきた企業による情報開示。岸上氏は、欧米企業が「20年後に200%やります」と言うのに対し、日本企業は現時点で80%やっていても(100%でないから)何も言わないことが多く、投資家にとって欧米企業の方が評価しやすくなっていると述べ、日本企業による、現状の正しい評価につながる情報開示に期待を寄せました。河口氏は、子どもの権利を含むESGの取り組みについて、企業は開示していなくても実は材料をもっている場合もあると指摘。投資家と企業がNGOや専門家等も交えて、グローバルに議論されているテーマ(例えばSDGs)について対話できるしくみを作り、その情報をデータベースにしてアピールしていくことを提案しました。さらに、子どもの権利が大事にされる社会とは、安心して暮らせる社会でもあるので、後者の視点からとらえた指標をESGの課題に位置付けて開示することもできるのではないか、と述べました。
各登壇者が、この日のテーマがあらためて「子どもの権利」の視点から取り組みをとらえ直す機会になったと述べるなど、「子どもの権利に焦点をあてた責任ある投資」はまだまだ新しい分野ですが、この日の議論を通じで、今後のための様々な可能性が示されました。
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