【2020年7月14日 インド・ジャールカンド州発】
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ここはインドのジャールカンド州のランチ。13歳のクスマさんは、隣りの家のそばを通り過ぎるとき、足取りを早めました。
隣りの家に暮らしているのは、コミュニティのすべての人から尊敬される相談役である村の長老(70歳)です。 クスマさんはうつむいて通り過ぎようとしましたが、長老の4本の長く曲がった指が空を指しているのに、気づかないわけはありませんでした。
「1本の指は1年を示していて、私が勉強することができるのはあと4年しかない。その後は結婚しなくちゃいけない、と長老は言いたいのです」(クスマさん)
学校に到着するまで、クスマさんは決して歩みを止めませんでした。
「長老に対して、口答えしたりはしません」とクスマさんは言いました。 「けれど、長老が言ったようなことにはならない。私は結婚しません。 代わりに勉強して、素晴らしい医師になります」。
周囲の人々が、クスマさんが描く自分の将来について、否定的な言葉を投げかけてきたりすることに対して、クスマさんは「私には夢があります。それは誰にも止めることはできないわ。」とはっきりと答えます。時には、「どうして私はお医者さんになるべきではないの?」とクスマさんは鋭く言い返します。
強くいようとするクスマさんですが、話をしているうちに、心の中の不安が見え隠れしてきます。
「わからないの」とクスマさんは言います。 「もしかしたら、私が医師という夢を実現させる前に、結婚させられてしまうかもしれない」。
クスマさんの頭の中は、1日を通して、医師になるという最高の夢を実現する姿と、夢をかなえる前に結婚するという最低の現実の姿との狭間で揺れ動きます。良いイメージと悪いイメージが、まるで振り子のように行ったり来たりするのです。病院で患者さんを治療する自信に満ちた女性になっている姿と、子どもや義理の母親の世話に明け暮れている若い母親になっている姿、その両方を思い浮かべてしまいます。
クスマさんの、医師になるんだという自信も、結婚させられることへの恐れも、どちらも見当違いなことではありません。
クスマさんが住んでいるジャールカンド州は、子どもたちが幼くして結婚する「児童婚」の割合が、インドで3番目に高い状況が続いています。 州としては児童婚をなくす取り組みを進めていますが、ジャールカンド州の女の子の38%近くが、今も18歳になる前に結婚しています。
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毎朝、クスマさんは早朝の午前3時30分に起きて、両親や兄弟、近所の人々が寝静まっている間に勉強します。クスマさんは、子どもを取り巻く課題と、子どもたちが自分の夢を実現するために必要な子どもの権利の促進に、取り組んでいます。
クスマさんは以前、ユニセフの「子ども記者プログラム」の研修を受けました。子どもたち自身が、子どもの権利について認識し、学んだ知識を自分が暮らすコミュニティの中で広めることを後押しする研修です。
研修を受けて以来、クスマさんは子どもの権利を啓発する活動のリーダーとなり、教室で朝の集会を行っています。 集会の終わりにはいつも、「今日の話題」として、子どもを取り巻く課題などを取り上げます。その一つが「児童婚」についてです。
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「児童婚は違法です」。クスマさんはそう言って、子どもや若者、おとなの群衆に呼びかけました。 「結婚式で料理を提供しただけでも、それが児童婚であれば、その料理人は起訴されます」。
クスマさんは公開フォーラムで講演し、政府高官や地域社会のリーダーたちと対話の機会を得て、自信がつきました。
夕方には、「子ども記者プログラム」の研修仲間とともに、コミュニティの人々の会合に参加し、児童婚の問題について再び話をします。クスマさんは、会合に出席している父親たちに、直接語りかけます。
「幼い女の子を、結婚させないでください。もしあなた方の娘が医師になれば、あなた自身も周囲からより尊敬され、コミュニティで名が知れるようになるでしょう」。
クスマさんの口調には、強い決意と少しの怒りが表れていました。
クスマさんがコミュニティのメンバーに話している間、部屋の隅では、クスマさんの父親のパラスナトゥ・マートさんが、じっと耳を傾けています。
マートさんは整備工で自転車を修理しています。 最近、彼はオートバイの修理も始めたので、毎日の収入は70インドルピー(1米ドル)から200インドルピー(3米ドル)に増えました。
クスマさんがコミュニティの他の父親や男性とも自信を持って話す姿を見て、マートさんは心から嬉しく、娘を誇らしく思っています。
「クスマは自信がついてきたね」。マートさんは言いました。「娘がまだ子どもの年齢のうちは、決して結婚させないつもりだよ」。
「クスマは、これからも好きなだけ勉強するでしょう。 20歳になるまでは結婚させません」。とマートさんは付け加えます。 マートさんは、意識的に「20歳」という言葉を何度も繰り返します。 クスマさんの母親も同意してうなずきます。 母親は、クスマさんが勉強している公立学校で料理人として働いています。
「私は20歳で医者になることはできないわ。もっと時間が必要よ」と、クスマさんは父親に反論します。クスマさんの家庭は、思ったことを自由に言える幸せであふれています。
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マートさんは、娘が子どもの年齢のうちは結婚させない、と繰り返しますが、年齢が20歳を越えたら、そのように言い切ることはできないようです。
「お父さんは私たちを愛してくれていますが、私の姉を20歳で結婚させました。姉は優秀な学生だったのに」と、姉のカンタクマリさんの隣で、クスマさんは言います。「当時、父は体調がよくなかったので、姉を早く結婚させたといっています。きっと私にも同じことをするでしょう」。
カンタクマリさんは「両親は、女の子の将来への責任を背負っているため、できるだけ早く結婚させたいと思っています」。と両親の気持ちを代弁します。
「だからこそ、女の子として、私たちは学校でスキルを学ぶ機会を提供されるべきです。自身の将来を安心して決めることができますから」と、クスマさんは言います。
学校で、女の子たちにスキルトレーニングの機会が提供されることについて、クスマさんは、「スキルをつけることは私たちにとって重要です。自信を持つことができますし、もし両親を経済的に支えることができれば、結婚を延期することができるからです」。
「どのようにして医師になるかについても知識を得る必要があります。学校は奨学金に関する情報を提供するべきです。そして、 私たちは学校で、オンラインでの出願や応募申請に必要なコンピューターの使い方を教わるべきだと思います。オンライン申請書の入力ができないと恥ずかしい思いをしなくてはなりません。
私の学校にはコンピューターもなく、コンピューターを教えてくれる先生もいません。だから生徒である私たちは、オンラインで手に入れることができる情報や知識にアクセスできないのです」(クスマさん)
クスマさんは、英語での授業も望んでいます。「すべての科目の教材はヒンディー語で書かれているのですが、医師になるには、英語の教材で学ぶ必要があります」。
コミュニティの会合で、クスマさんが一通り話し終わると、女の子たちは時間が遅くなってきたので家に帰らなきゃとささやきます。
「男の子たちは、何をするにも自由で、家に帰るのが遅くなってもいいのです。 でも女の子である私たちは駄目なのです」。
「どうして私たちは、男の子たちのように自由に生きてはいけないのでしょうか。 私は夢を実現するために、この世界で自由に生きたいです」。
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