『ブレス しあわせの呼吸』(配給元:株式会社KADOKAWA)は、28歳でポリオに感染し、首から下の麻痺によって人工呼吸器なしには自力で呼吸もできなくなった主人公が、家族や友人たちの支えにより幸せな人生を送った実話をもとに描かれた作品です。本作が描いた時代はもちろん、わずか30年前までは、年間35万人以上の子どもが、ポリオによって死亡したり麻痺を発症していたのです。
この状況に終止符を打とうと、1988年、ユニセフ(国連児童基金)は、WHO(世界保健機関)や国際ロータリーなどとともに、地球上からポリオを根絶することを目指す「世界ポリオ根絶推進活動(Global Polio Eradication Initiative:GPEI)」をスタートさせました。以来、全世界で25億人。紛争地域や都市のスラム街、遠隔地の村々などに住む子どもたちにもワクチンを届け、99.9%ポリオの症例を減らすことに成功しました。現在、ポリオウイルス(野生株)が残る国は世界でわずか3カ国(アフガニスタン、ナイジェリア、パキスタン)。2017年のポリオ発症件数※は、史上最少の22件(アフガニスタン14件、パキスタン8件)に留まりました。
※野生株によるもの
「こっちを見てくださーい」
「はーい」
ナイジェリア北部カドゥナ州の保健施設。2列のベンチに、50人ほどの若い母親たちが膝に赤ちゃんをのせて座っています。彼女たちの視線は、ポリオの地域活動員であるリディアさんに注がれています。しかし、リディアさんの今日の役目はポリオワクチンを届けることではありません。母乳育児の正しい方法を母親たちに伝えることです。
© UNICEF/UN0127375/Curtis
助産師のリディアさんは、ユニセフが支援するボランティアの地域活動員のひとりとして、国のポリオ根絶プログラムに貢献しています。毎月のポリオの予防接種キャンペーンの際には、ワクチンチームとともに一軒一軒家をまわり、母親との信頼関係のもと扉を開く役目を担います。ワクチンを拒否された時や子どもが家にいなかった時など、接種ができなかった場合でも、地域に住むすべての子どもの名前と年齢を記録しているノートを手がかりに、子どもとの接触を図り続けます。
50人の活動員を監督するヘレンさんは、現場のポリオ活動員は表面的な価値の提供に留まらず信頼関係を築いていると指摘します。「ポリオワクチンだけでなく、いろいろなものを母親たちに届けることで、人々の暮らしが良くなり、私たちのこともより受け入れてもらえるようになります。ポリオワクチンの接種以上のことをしているのですから」
ポリオの予防接種キャンペーンの合間には、リディアさんのような地域活動員が妊婦の居場所を把握し、出産前の訪問を4回実施し、政府の保健施設での出産を勧めます。出産後は最初の経口生ポリオワクチンを接種させ、出生登録を経て、定期的なワクチン接種のシステムへと導きます。毎月のコミュニティ会合の際には、完全母乳育児や手洗い、殺虫剤処理を施した蚊帳、定期予防接種やポリオの予防接種キャンペーン等に関する情報を伝えます。
© UNICEF/UNI182035/Rich
2018年、ポリオの新たな症例がアフガニスタンとパキスタンで見つかりました。発症がみられたのは、世界でも特にアクセスが困難な地域です。地中海東部、ヨーロッパにおける難民危機、パキスタンとアフガニスタン間の国境をまたぐ伝播により、ポリオのない地域への感染の危険がいまだ残っています。一日でも早く野生株ウイルスを遮断する必要があり、今活動を止めてしまうと今後10年以内に症例数が年間20万件にまでのぼるとされています。世界のどこかにウイルスが存在する限り、既に野生株の存在しない日本などの国でも子どもたちは感染の危機にさらされています。感染のない国でもワクチンを接種し続ける必要があるのはこのためです。
© UNICEF/UN060920/Al-Issa
野生株のポリオウイルスが存在する国:
ユニセフは、ワクチンを劣化させないためのコールドチェーン(低温流通システム)を維持しながら、ポリオワクチンを調達し、供給しています。2017年には約12億回分のワクチンを調達しました。
さらに、社会動員活動を行い、紛争地域や遠隔地などでポリオワクチンを拒否する人々にも予防接種の効用を説明し、彼らが望んで接種を受けるよう認識向上に努めています。現地では、ユニセフの支援を受けた地域活動員が、紛争地域を移動する子どもを含むすべての子どもを特定・訪問し、保健従事者とも協力しながらワクチンを届けています。また同時に、子どもの家族に対する出産前のケアを行ったり、医療サービスへのアクセスや石けんによる手洗い、母乳育児など、子どもの命を守るために必要な情報を日々伝えています。
© UNICEF/UN036822/Abubakar