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日本ユニセフ協会
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ユニセフ・シアター・シリーズ「子どもたちの世界」
映画『海は燃えている』
上映会・トークイベントを開催しました

【2019年12月9日  東京発】

©日本ユニセフ協会/2019

上映後のトークイベントの様子

日本ユニセフ協会は9月28日(土)、2016年度のベルリン国際映画祭で金熊賞(グランプリ)を受賞した作品『海は燃えている』の上映会を、東京都港区のユニセフハウスで開催しました。

子どもの権利条約が国連で採択されてから30年を迎える今年、日本ユニセフ協会は「子ども」を主題にした映画13作品を5月から12月にかけて連続上映する、ユニセフ・シアター・シリーズ「子どもたちの世界」と題したイベントを開催しました。第8回目となる9月28日は、「子どもを取り巻く世界」という視点から、イタリア最南端の島ランペドゥーサ島で暮らす12歳の少年と、到着した難民・移民の人々を治療する医師を中心に進行するドキュメンタリー『海は燃えている』を上映しました。

上映後には、作家で早稲田大学教授の小野正嗣さんに作品の表象するものについてお話しいただきました。以下は、お話しいただいた内容の要約です。

 

交わらない2つの世界:島民の世界-難民の世界

2016年、映画公開にあたって監督が来日した際に、難民についてのルポルタージュやエッセイを書いていたこともあり、監督へインタビューをする機会をいただき、それに基づいて長い論考を書いたことがあります。

『海は燃えている』作中画像

本作では、ちょうど中央に水平線があって、陸地と空で区切られているといった画面構成が冒頭から多く見られますが、このような画面上の工夫が象徴しているのは、2つの物語が並行して語られているということ。ランペデューサ島に暮らすサムエレ少年を取り巻く世界と、イタリア最南端の島に命がけで逃れてくる難民の世界。その2つの世界は交わることがありません。

 

ロージ監督が撮影をしていて驚いたのは、島民たちが収容施設の存在や、難民たちが出入りしていることについて知らないことでした。ランペデューサ島内には、アフリカからの難民収容施設があります。20年くらい前から、ヨーロッパを目指してやって来る人々が多く漂着してきました。しかし島はあくまでも通過点。難民たちが島に定住することはなく、収容施設で短期間過ごした後イタリアに渡っていきます。収容施設は、島民の居住地域から離れた場所に設置されているだけでなく、難民たちがバスに乗って移動するのは主に夜。同じ島での出来事でありながら、島民たちがラジオやテレビなど遠くから難民に関する情報を受け取り、自分たちの世界とは別の世界として理解している点は、私たちと変わらないのです。

 

見ようとしない現実の闇に光を当てる

ジャンフランコ・ロージ監督がランペドゥーサ島で撮影を始めたのは2014年のこと。きっかけは、難民問題をテーマにした10分の短編を撮影してほしいと依頼を受けたことでした。けれどもロージ監督は、実際に撮影を始めてみてこの複雑な状況を短編に収めることは不可能だと感じ、結局1年半も島に住み込んで撮影することになります。

ロージ監督は、長く滞在するからこそ、住んでいる人たちと知り合いになって、関係づくりができる。島民たちは島で何が起きているか知らないけれども、その人たちの内側に入って島についてどのように考えているかを伝えられるようにしないといけない、と強調されていました。島民の人たちの姿をカメラにとらえることも目的だったと。

『海は燃えている』作中画像

ロージ監督が撮影のなかで、偶然気づいたことだといいますが、サムエレ少年の特徴として、彼は左目が弱視であるということ。弱視のことをロージ監督は「lazy eye」(怠け者の目)と呼びました。診察をしたピエトロ・バルトロ医師は、弱視に対する治療として、右目を隠して左目で見るような訓練をすべきだと伝えます。

ここで、極端な視力の違いが示唆しているのは、同じ世界を見ていても、右と左で視力がまったく違うということ、少年の世界と難民たちの世界を表しているのではないでしょうか。難民たちが登場するのは、ほとんど夜のシーンです。夜の、先の見えない世界に難民の世界が表象されているのではないでしょうか。一方で、サムエレ少年の世界は昼の光に満ちているとするならば、見え方の違いは、難民を取り囲む世界のありようを表現している、と考えることができます。

闇の世界が表象しているのは、ニュースとしては耳に入ってきていても、日々の生活の中で私たちがあまり意識していない、見えてこない、難民・移民の問題、それは無意識下に置かれた、忘却の世界です。ロージ監督は、バルトロ医師やサムエレ少年といった登場人物の行動を通して、「見ようとしない現実の闇に光を当てる」ことを描いているのではないでしょうか。

 

『海は燃えている』作中画像

ロージ監督自身も、最初は短編を撮るためにランペドゥーサ島に向かいましたが、行ってみると、ニュースで報じられていることとは異なることが起きていることに気づいたといいます。数字だけで難民が語られ、名前と顔が見えないことに違和感を感じたといいます。本作では、カメラが難民たちひとりひとりのまなざしを凝視している印象的な場面がありました。人間ひとりひとりの個人性、個体性をとらえることをロージ監督は行っていると言えると思います。

 

2つの世界をつなぐバルトロ医師

撮影中に気管支炎になり島の緊急医療室に行ったロージ監督は、そこで偶然バルトロ医師に出会います。彼は20年もの間、島で救助された難民の手当てや遺体の処置をしてきた、ランペドゥーサ島のただ1人の医者です。「困っている人たちがいれば助けるのは当たり前だ」。バルトロ医師は、人道支援の現場で目にしてきたことを、ロージ監督を通して、カメラの背後にいる私たちに語りかけているようにも見えます。

 

©日本ユニセフ協会/2019

小野正嗣さん

「あなたの立場は?」

映画の冒頭、夜の海を照らすサーチライトが難民たちを探し、沿岸警備隊が、救難要請の連絡があった難民たちが乗った船に対して「位置をどうぞ(“Your position?”)」と投げかける場面があります。これは私たちにも突き付けられた問いなのではないかと、ロージ監督は話しています。世界でいま起きているこのような悲劇に対して「あなたの立場は?」と問いかけるものでもあると。

 

◇「子ども」という観点から作品を観る

今回、日本ユニセフ協会での上映会ということで「子ども」という観点からあらためて作品を観なおしてみました。

・レスキュー船が近づいて行って、最初に救う難民は赤ん坊。

・バルトロ医師が最初に登場するのは、妊婦さんを検診している時。これから生まれてくる双子の胎児に向き合っている。

過酷な状況に置かれている人たちを救いたいと思っている人たちが、最初にとらえるのは子どもなんだなと思いました。子どもは未来の種だから。我々自身も子どもでした。また、子どもにとって一番大切なこととして、遊びや教育の場面を映しています。サムエレ少年の置かれた状況との対照として、そのような機会を奪われている難民の子どもたちを照射しているのではないでしょうか。ロージ監督による子どもの表象にも、いかに子どもたちが自由に、尊厳を守られながら生き続けていくか、という思いが込められているのではないかと思いました。

* * *

ご参加いただいた皆さまからも、多くのお声を頂戴しました。

・「ドキュメント映画は久しぶりで、何を伝えたいのか深いなと感じましたが、ゲストスピーカーの方の話を聞くことで、この映画の意図することがよく分かりました。子どもがテーマになっているというところに深くうなずきました。難民の現状を知るとともに、私はサムエレ君が最後パチンコで鳥を打たずに小枝で優しくなでている場面が印象的でした」

 

・「難民問題の最前線にあるような印象のランぺドゥーサ島だが、島民の暮らしには、1つ1つの影を落としているようには見えない。実際に目にしないと、問題として認識し得ないのでは?どこの国でもどんな問題でも同じか。人の努力や力量を超えた問題が多すぎ。“対岸の火事”“他人事”にしたまま自分の日常は過ぎていく。何をなすべきか、何ができるのか道しるべが欲しい」

 

・「同じ時を同じ(近しい)ところで生きているのに、意見とは別に運命の星が異なるのは何故なのでしょう。ゲストスピーカーの方のお話により、この映画の内容や評価される理由がより深くわかりました。知らないことが良いことなのか、良くないことなのか、心を深く揺さぶられる映画でした。でも、平和な時代に平和な国で生きている者にとって、知らないまま生き続けるよりは、気が付いてしまったら、何かしなければならないような気もします。何かできることはあるのでしょうか」

* * *

 

◇ユニセフ・シアター・シリーズ「子どもたちの世界」とは…

子どもの権利条約が採択されてから30年を迎えるにあたり、「子ども」を主題とした作品を5月~12月にかけて毎月連続で上映する日本ユニセフ協会主催の映画上映会です。「子どもたちの世界」を基調テーマに、「そもそも子どもとは?」「それでも生きていく子どもたち」「子どもを取り巻く世界」「女の子・女性の権利」という4つの視点から選んだドキュメンタリーとフィクション計13作品を上映しました。

※過去の上映報告についてはこちら

 

◇ 映画『海は燃えている』

監督:ジャンフランコ・ロージ

配給:ビターズ・エンド

2016年 / 108分 / イタリア

『海は燃えている』作中画像クレジット:©21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinema

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