2024年3月5日パウロフロード(ウクライナ)発
子どもたちの心に残る傷跡
「階段が怖い」と、5歳の男の子ヤリクは言います。ウクライナ東部にある地下室で、母親と一緒に2カ月以上もの期間を過ごしたヤリクは、上手く会話ができず、すべての階段を怖がるようになりました。階段を上がるには、"(階段ではなく)雲を登っているんだ"と想像し、何とか上がっています。
国内避難民であるヤリクは現在、ドニプロペトロウスク州にある村の仮設住居で暮らしており、ソーシャルワーカーのクリスティーナ・コロコロワと心理士のリュドミーラ・ジンチェンコの支援を受けています。2人はユニセフ(国連児童基金)の巡回チームに所属する専門家です。
クリスティーナとリュドミーラは、子どものいる国内避難民の家庭や、困難な生活環境にある地元の家庭を、月に16回訪問しています。
「ここに来たばかりの人は、何も知らないことが多いのです。どこで社会サービスが受けられるのか、どのように仕事を探せばよいのか、どこで医療が受けられるのか、子どものためにどの学校を選べばよいのか、子どもが空襲を知らせるサイレンを怖がったらどうすればよいのか、支援はどこで受けられるのか、などさまざまな情報を必要としています」。(クリスティーナ)
巡回チームは、心理社会的支援を提供するだけでなく、国内避難民の家族が新しい地域コミュニティに溶け込み、社会的繋がりをもつための支援も行っています。家族のニーズに応じて、心理学の専門家との個別相談、子ども向けのワークショップなどのグループワーク、あるいは、家族の特別な要望に対応し包括的で長期的な支援を提供するケースマネジメントを行います。
心を閉ざし、恐怖心を抱く子どもも
ウクライナの戦争が続く中、ヤリクが滞在する村では、現在約100世帯の家族が暮らしています。そのほとんどが、子どもが複数いて、他に行くところがない家庭です。
「グループワークやワークショップを行うと、子どもたちはとても喜びます」とクリスティーナは言います。「楽しそうな表情を見せる一方、子どもたちは私たちに心を開き、戦闘地域にクラスメートや祖父母を残したまま、両親と一緒に自宅から避難してきたという、胸が張り裂けそうな話をしてくれます。爆発音を聞き、とても怖かったことを」。
「言葉を話すのが苦手な子もいれば、大きな音やサイレン、地下室を怖がる子もいます」と心理士のリュドミーラは付け加えます。「子どもたちは興奮しすぎたり、不注意になったり、心を閉ざしたり、恐怖心を抱いたりします。これらはすべて、彼らが経験したストレスの結果です。先が見えず、不安を感じているのです。想像してみてください、子どもたちの両親も同じ状態にあって、子どもたちはそれを感じているのです」。
アートセラピーを通して自分の経験に向き合う
クリスティーナとリュドミーラは、村でアートセラピーのワークショップを開催し、子どもたちとサンタクロースの飾りをつくりました。アートセラピーは、戦争がもたらす心理的影響に対処する上で重要な役割を果たし、子どもたちが創造的な表現を通して自分の経験に向き合い、恐怖に立ち向かうことを可能にします。
クリスティーナはワークショップについて次のように話します。
「このワークショップでは、まず飾りを作って、自分の願い事を紙に書き、それを特別なポケットに入れます。
子どもたちの願い事は、『人形がほしい』『ラジコンカーがほしい』『家に帰りたい』『友達に会いたい』『戦争が終わってほしい』などさまざまです。
しかし何よりも、このワークショップを通じて子どもたちは、奇跡を信じる心を持てるのです」
ソレダル出身のリリアには、4人の子どもがいます。2014年にも紛争からの避難を経験した家族にとって、今回は2回目の避難です。村には1年以上住んでいますが、比較的安全であるにもかかわらず、リリアはここが戦場になり、再び避難しなければならなくなることを恐れています。
「10年もの長い間、戦闘から逃れ続けて、私たちは疲れ果てています。でも、このコミュニティは私たちを歓迎してくれています。ユニセフの専門家が来てくれる日は、最高の日です。子どもたちにとっては、外に出て人と交流し、新しいことを学ぶ機会となり、セッションが終わると笑顔で帰ってきます」。
ユニセフのメンタルヘルス支援
ウクライナでの紛争激化から2年目を迎え、子どもたちや親、養育者はメンタルヘルスに深刻な影響を受けています。ユニセフは、245の巡回チームの活動を通して、子どもたちやその家族がメンタルヘルスへの影響に対処できるよう支援を提供しています。2023年、ユニセフの専門家は8万6,000人の子どもと10万 6,000人以上のおとなに支援を提供しました。