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ユニセフ報告書「レポートカード16」
先進国の子どもの幸福度をランキング
日本の子どもに関する結果

【2020年9月15日  東京発】

レポートカード16『子どもたちに影響する世界:先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か(原題:Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries)』

レポートカード16『子どもたちに影響する世界:先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か(Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries)』

日本語版 / 英語版

ユニセフ・イノチェンティ研究所が9月3日に発表した報告書『レポートカード16-子どもたちに影響する世界:先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か(原題:Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries)』は、先進国の子どもたちの精神的・身体的な健康と、学力・社会的スキルについてランキングしています。

発表に先立ち、日本ユニセフ協会は9月2日にオンラインで記者発表を実施。『レポートカード16』で示された日本に関する結果について、本報告書執筆者の一人であるアナ・グロマダ(イノチェンティ研究所)が説明し、教育評論家・法政大学名誉教授の尾木直樹先生からコメントをいただきましたので概要をお伝えします。

また、レポートカードシリーズにて、データの提供、解説の執筆などでご協力をいただいている、東京都立大学の阿部彩教授からも文書でコメントをいただきましたので、合わせてご紹介いたします。

 

『レポートカード16』日本に関する結果について

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アナ・グロマダ(イノチェンティ研究所)
日本についての分析結果

子どもの幸福度とは

子どもの幸福度の多層的な分析枠組み

©日本ユニセフ協会

子どもの幸福度の多層的な分析枠組み

レポートカード16は、子どもの幸福度*を、多層的・多面的な新しいモデルを使って分析しました。いちばん外側から、全般的な国の状況→子どものための政策→家庭や地域の資源→保護者の職場・学校・地域とのネットワーク→子ども自身の人間関係→子ども自身の行動があり、真ん中の、子どもの幸福度の結果に影響すると考えました。

幸福度の結果は、精神的、身体的、スキルの3つの側面から見ています。各国を順位付けする総合順位表は、「結果」に関するものと、幸福度の条件としての「状況」と「政策」に関するものとの2つを作成し、条件と結果の関係についても考察しました。

*レポートカードシリーズの「子どもの幸福度(well-being)」は、主観的に幸福と感じているかどうかだけではなく、客観的指標を含めて多面的にとらえた子どもの幸福度(状況)を指します。

日本の子どもの幸福度の結果

よい子ども時代とは何でしょうか。レポートカード16では、それを、精神的幸福度、身体的健康、スキルの3つの側面から考え、それぞれ2つずつの指標で分析しました。精神的幸福度については、ポジティブな面の指標として、生活満足度、ネガティブな指標として自殺率を使いました。身体的健康では、子どもの死亡率、そして、先進国における栄養不良を表す肥満率に注目しました。スキルについては、子どもたちが高い学力をもつだけでは不十分と考え、学力と社会的スキルを同じ比重で分析しました。

子どもの幸福度の結果:<総合順位:20位>

日本の分野別順位

分野 指標
精神的幸福度(37位) 生活満足度が高い15歳の割合 i
15~19歳の自殺率
身体的健康(1位) 5~14歳の死亡率
5~19歳の過体重/肥満の割合
スキル(27位) 数学・読解力で基礎的習熟度に達している15歳の割合
社会的スキルを身につけている15歳の割合 ii

i最近の生活全般にどれくらい満足しているかという設問で、0~10のうち「6」以上を選んだ生徒の割合、ii「すぐに友達ができる」という設問に「まったくその通りだ」または「その通りだ」を選んだ生徒の割合 (データの出典はいずれも2018年PISAテスト)

日本は子どもの幸福度(結果)の総合順位で20位でした(38カ国中*)。しかし分野ごとの内訳をみると、両極端な結果が混在する「パラドックス」ともいえる結果です。身体的健康は1位でありながら、精神的幸福度は37位という最下位に近い結果となりました。また、スキルは27位でしたが、その内訳をみると、2つの指標の順位は両極端です。

*本報告書は経済協力開発機構(OECD)または欧州連合(EU)に加盟する国々(41カ国)を対象としています。指標によってデータのある国の数が異なり、総合順位表には、一定数のデータがある国のみが含まれています。

 

精神的幸福度

日本は、生活に満足していると答えた子どもの割合が最も低い国の一つでした。生活全般への満足度を0から10までの数字で表す設問で、6以上と答えた子どもは、日本では62%のみでした。6以上ですから、それほど高いレベルではないはずなのですが、62%だったのです。自殺率も平均より高く、その結果、精神的幸福度の低いランキングとなりました。

生活満足度 (ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

生活満足度 (ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

自殺率(ユニセフ「レポートカード16」)

 

身体的健康

日本の子どもの死亡率はとても低く、これは、効率的な医療・保健制度を有していること、また、5~14歳の子どもの主要な死因が事故であることを考えると、日本が安全面でもすぐれていて事故から子どもを守れていることも示しているでしょう。過体重・肥満については、多くの国でその割合が急増していますが、日本は2位に大きく差をつける1位で、これは食習慣やライフスタイルなどによるものでしょう。他の国々は、日本から学ばなければなりません。

子どもの死亡率(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

子どもの死亡率(ユニセフ「レポートカード16」)

過体重(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

過体重(ユニセフ「レポートカード16」)

 

スキル

学力の指標である、数学・読解力で基礎的習熟度に達している子どもの割合では、日本はトップ5に入ります。一方で、社会的スキルをみると、ここにも両極端な傾向を示す日本のパラドックスが見てとれます。「すぐに友達ができる」と答えた子どもの割合は、日本はチリに次いで2番目に低く、30%以上の子どもが、そうは思っていないという結果だったのです。

©日本ユニセフ協会

数学・読解力分野の学力(ユニセフ「レポートカード16」)

社会的スキル(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

社会的スキル(ユニセフ「レポートカード16」)

                                                     

子どもの世界

ここからは、冒頭で紹介した子どもの幸福度の多層的モデルの円の中で、これまで解説した「結果」のすぐ外側にある「子どもの世界」を見てみます。

子どもの行動

より多く外で遊ぶ子供の方がより幸せ(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

より多く外で遊ぶ子供の方がより幸せ(ユニセフ「レポートカード16」)

日本のデータはないものの、レポートカード16では、より多く外で遊ぶ子どもの方がより幸せであるという結果が示されました。外遊びの機会は子どもの幸福度に関係します。日本の都市部にはあまり遊ぶ場所がありませんが、都市計画の中で何を優先するか、子どものあたりまえの活動である遊びをどう位置づけるのか、ということでもあると思います。また、日本にも、国際比較ができるデータをとっていただきたいと思います。

新型コロナウイルス感染症の影響で、子どものインターネット利用時間が伸びたことに注目が集まりました。報告書で取り上げた調査によれば、ネット利用時間の精神的健康への影響は、いじめられることの影響に比べれば4分の1でした。すべての子どもとは言いませんが、多くの子どもにとって、ネット利用時間そのものの影響はあまり大きくなく、その影響は、その他の活動との比較において考えるべきだと研究者たちは考えています。

子どもの人間関係

いじめと生活満足度(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

いじめと生活満足度(ユニセフ「レポートカード16」)

全体で15歳の子どもの約23%が、月に数回以上いじめられたと答えました。日本ではその割合が約17%でした。いじめは、長期的に子どもたちの人生に影響するという調査結果もあり、すべての人の課題であるべきだと思います。頻繁に(月に数回以上)いじめを受けている子どもの方が、そうでない子どもより生活満足度が低いという結果が、すべての国について示されました。日本についても、頻繁にいじめられている子どものうち生活満足度が高い子どもの割合は約50%で、これは、調査対象となった国々の中でほぼ最も低い割合でした。

 

学校への帰属意識と学力・生活満足度(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

学校への帰属意識と学力・生活満足度(ユニセフ「レポートカード16」)

また、学校への帰属意識が高い子どもの方が、学力も生活満足度も高いという結果も示されました。その差は生活満足度の方により大きく現れ、日本の、学校への帰属意識がより低い子どもたちの中で、生活満足度が高い子どもは約40%で、調査対象の中で、最も低い割合となりました。 


子どもを取り巻く世界

「子どもの世界」の外側の「子どもを取り巻く世界」は、保護者の「ネットワーク」と家庭や地域の「資源」に着目します。

「ネットワーク」の指標の一つは、仕事と家庭の両立に苦労している労働者の割合です。日本のデータはありませんが、日本は、長時間(平均で週50時間以上)働いている人の割合が最も高い国の一つです。長時間働いている人が多い国は、ワークライフバランスに苦慮している保護者が多い国でもあることがわかっていますので、この点は重要です。私たちがこのレポートでとった多層的アプローチでは、子どもの保護者のネットワークは、保護者の生活の質に影響し、それが子どもの生活の質に影響すると考えます。

「資源」の指標の一つは、家に学校の勉強に役立つ本があるかどうかです。あると答えた子どもは、ないと答えた子どもより学力が高いことが日本を含む各国のデータで示されました。また、地域の資源として、近隣の遊び場を指標にしています。日本のデータはありませんが、地域に十分な遊び場があると答えた子どもの方が、そうでない子どもに比べて、より幸せと感じていることがわかりました。

より大きな世界

 最後に、多層的モデルの一番外側のふたつの円にあたる「政策」と「状況」について考えます。

レポートカード16は、子どもの幸福度を支える「政策」と「状況」についても、順位付けを行っています。日本の総合順位は、17位(41カ国中)でした。

 

子どもの幸福度の条件:日本の分野別順位 <総合順位は17位>

<政策>

分野 指標
社会(7位) 母親・父親に認められる育児休業の週数
子どもの貧困率
教育(23位) 就学前教育・保育参加率
ニート率
健康(34位) はしかワクチン(2回目)接種率
低出生体重児(2,500グラム未満)の割合

<状況>

分野 指標
経済(11位) 1人あたり国民総所得(GNI)
失業率
社会(29位) 困ったときに頼れる人がいる人の割合
殺人による死亡数(10万人あたり)
環境(18位) 大気汚染:PM2.5の年間濃度中央値(μ/m3)
安全に管理された水を利用している人の割合

*ニート率以外すべて日本のデータが含まれます。詳しくは報告書の本文をご覧ください。

 

はしかの予防接種率(ユニセフ「レポートカード16」)

©日本ユニセフ協会

はしかの予防接種率(ユニセフ「レポートカード16」)

いくつかの指標について説明します。日本は、はしかの予防接種率が2010年から2018年にかけて低下した14カ国の一つです。途上国では保健サービスの普及やアクセスの指標である予防接種率ですが、先進国では、予防接種についての人々の理解を示すものととらえられています。豊かな国では、一度達成されたものはずっと続くと考えられがちですが、そうではありません。過去数年ではしかの予防接種率が下がり集団免疫が失われた国々があることを考えると、はしかの予防接種率は象徴的なものです。

また、日本の低出生体重児の割合は9.4%で、41カ国中2番目にその割合が高いという結果でした。

©日本ユニセフ協会

子どもの貧困率(ユニセフ「レポートカード16」)

日本の子どもの貧困率は約18%*で、ちょうど平均くらいでしたが、日本はGDPが高く失業率は低く、とても豊かな国です。それを考えれば、平均よりもっと下げることができるでしょう。子どもの貧困は、子どもの幸福度の結果に影響するため重要です。子ども時代の貧困が、学力、肥満、うつ状態等に蓄積して現れることが、イギリスの子どもの追跡調査からも示されています。

*世帯所得が中央値の60%に満たない世帯に暮らす子どもの割合です。日本の定義とは異なるため、厚生労働省から発表される子どもの貧困率とは異なります。日本のデータは、東京都立大学阿部彩教授に提供していただきました。

社会的状況については、ポジティブな指標である、困った時に頼れる人がいる人の割合と、ネガティブな指標である、殺人による死亡数の2つの指標で分析しました。日本は、困った時に頼れる人がいると答えた人の割合が最も低い国の一つでしたが、殺人による死亡は、最も少ない国だったのです。これも、よい指標と悪い指標が併存する、日本についてのもう一つのパラドックスと言えるかもしれません。

新型コロナウイルス感染症の影響は

『レポートカード16』執筆者の一人である、アナ・グロマダ(イノチェンティ研究所)

『レポートカード16』執筆者の一人である、アナ・グロマダ(イノチェンティ研究所)

レポートカード16で用いた分析の枠組みは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のようなことが起きた時、それが子どもたちの幸福度にどう影響するかを考えるためにも使うことができます。GDPの低下、失業の増加などの大きな「状況」の変化は、「政策」に影響を及ぼします。COVID-19以外の健康分野への予算の削減、学校の休校、外出禁止、貧困の増加などです。

それらの「大きな世界」の変化が、最終的に子どもの幸福度にどのような影響を及ぼすのか、それには、中間の4つの層が役割を果たします。例えば、休校が続く中、家でインターネットが使え、勉強部屋があり、保護者に勉強の面倒をみてもらえる子どもは、そうではない子どもたちに比べて、それほど大きな影響は受けないと考えられます。人間関係についても、例えば、家庭に問題がある子どもたちは、そうでない子どもに比べて、より大きな影響を受けると考えられるのです。外出禁止の間に、家庭内の暴力が増加したという報告もあります。

COVID-19は、ほぼ確実に、子どもの格差を広げることになるだろうと考えています。外での活動の減少や貧困の増加は身体的健康に、友達と会えず、外遊びができない、希望がもてないことなどは精神的幸福度に影響します。学力への影響も不公平なものになるでしょう。

そのため、ユニセフは各国に、以下のことを求めています。

  1. 所得格差と貧困を減らすための確固とした行動をとる
  2. 子ども・若者のためのメンタルヘルスのサービスに関する深刻な格差を是正する
  3. 仕事と家庭のバランスを改善するため、子育て支援策を拡充する
  4. はしかの予防接種率の低下を逆転させることを含め、予防可能な病気から子どもを守るための策を強化する
  5. 子どものいる家庭を支援する新型コロナウイルス感染症関連の政策を改善し、子どもの幸福度を支える予算が緊縮財政措置から守られるようにする 

日本へのメッセージ

 報告の最後にグロマダは、新型コロナウイルス感染症の影響も懸念される中、日本へのメッセージを問われ、以下のように答えました。

「どの国にも言えることですが、まず、子どもや若者へのメンタルヘルスのサービスの提供を真剣に考えなくてはなりません。精神的健康も健康の一部であり、身体的健康と同じくらい重要なことと考えることが大切です。2点目に、政府が新型コロナウイルス感染症への対応を考える時、効果や影響を検討すると思いますが、その際、経済面に偏り過ぎず、子どもたちの身体的・精神的健康等への影響も必ず考慮に入れてほしいと思います。

3つ目は、何かを変える時に人々の意識を変えることから始めなければならないということです。例えばいじめは、昔の考えではたいしたことではなかったのですが、今の考えでは、長期的に人生に影を落とす深刻な問題です。意識が変われば、それが保護者、学校を含め、人々の行動変容につながっていくと思います」

 

尾木 直樹 氏(教育評論家・法政大学名誉教授)コメント

 教育評論家・法政大学名誉教授の尾木直樹氏は、レポートカード16の日本の結果を受け、特に日本の状況について以下のようにコメントしました。

 

尾木直樹 氏(教育評論家・法政大学名誉教授)

今回の報告の中で日本は、ベストとワーストの両面があり、“逆説の日本”と言える状況が見て取れます。

その中で注目すべき日本の子どもの状況は、「精神的幸福度」の低さです。「精神的幸福度」の指標の一つである「生活満足度」を聞く設問に対し、「満足している」と回答した割合は平均で76%です。しかし日本、韓国、英国、トルコの4カ国は7割を切っており、日本はワースト2位の62%でした。これはトップのオランダ(90%)と比較すると衝撃的な数字です。

この背景として、教育政策上の問題が非常に大きいように思います。日本では、15歳で迎える高校受験によって、子どもたちは偏差値という学力指標だけで振り分けられてしまいます。思春期という大切な時期を、一貫して成長を促し学力形成していくのではなく、競争原理に基づく一斉主義により序列化するわけですから、子どもの自己肯定感がガタガタになってしまい、幸福感が育たなかったり自分に自信が持てなかったりするのは必然だと思います。

また、報告書の中で指摘していますが、日本だけでなく、頻繁にいじめに遭っている子どもは、明らかに精神的幸福度が低い結果になっています。米国や英国の研究によれば、いじめは50歳になってもその人の社会的な関係や心身の健康に多大な影響を及ぼすと言われています。一方、日本はいじめ地獄のような状況で、国立教育政策研究所の追跡調査によると、子どもの7割がいじめの加害者になり、8割が被害経験を持っているということです。そのくらい蔓延しているいじめの経験は、おとなもゆがめてしまっています。そのため、コロナ禍でもいじめがすぐに起きたり、弱者にきちんと寄り添えなかったり、自信をもって自分の判断ができないといったことにつながっているのではないでしょうか。日本は一刻も早く、最優先課題としていじめ問題に向き合い、きちんと構造的にも解決していく道を探る必要があります。

もう一つの指標である自殺は、先進国の10代の主要な死因になっています。日本の場合、文部科学省が2019年に発表した調査によれば、2018年度に自殺した児童生徒数は332人と1988年度以降最多を記録しています。前年度から82人も増え、1.3倍となりました。文部科学省の調査では「原因不明」が6割ですが、警察庁の調査では、19歳以下の自殺における原因・動機は「学校問題」が最多で、特に男子の場合は約4割を占めます。また昨年大きな問題になりましたが、日本の10~14歳の子どもの死因の第1位が初めて「自殺」になりました。さらに15~24歳の自殺率は先進国でワースト1です。このように、子どもたちの自殺は日本の大きな問題と言えます。

今後、新型コロナウイルス感染症の影響が心配されます。たとえば、経済的損失による子どもの貧困率の上昇、ニートの増加、外出制限による過体重や肥満の増加、休校による不登校の急増、コロナいじめの増加などです。こうしたことはおとなの世界でも深刻で、自殺の増加につながっていくのではないかと憂慮しています。また、親の失業増加による虐待問題の深刻化、特に性的暴力の問題を危惧しています。

こうした状況だからこそ、「子どもの権利条約」にも謳われている子どもの「参加する権利」が、あらゆる場面で重要だと思います。コロナ禍のこの大変な状況は、おとなだって誰も経験したことがないのです。そういう時こそ、生き延びていくためのパートナーとして子どもを据えてみれば、たくさんの良いアイデアが生まれてくるでしょう。一斉主義を脱し、子どもも学校も多様であるべきです。そして、子どもの声を聞き、あらゆる面で子ども参加が実現すれば、おのずと幸福度は上がっていくと思います。 

阿部 彩 氏 (東京都立大学 人文社会学部教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長)コメント

レポートカード・シリーズにおいて、データの提供、解説の執筆などでご協力をいただいている、東京都立大学 人文社会学部教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩教授からも文書でコメントをいただきましたのでご紹介します。

 

阿部彩 氏(東京都立大学 人文社会学部教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長)

今回のRC16にて、最も注目を集めるのは、日本の子どもの「精神的幸福度」のランキングの低さでしょう。38カ国中、ワースト2位ということで、とても悲しい結果となりました。これについて、尾木直樹先生は、競争原理による一斉主義や、いじめの問題を指摘なさっており、私も同じ懸念をもっています。しかし、子どもの貧困を長年研究してきた者として、子どもの精神的幸福度や、いじめに遭う確率も、子どもの経済状況に左右されているということを指摘させていただきたいと思います。

確かに、各国の平均を比べる国際比較において、日本の子どもの「生活に満足している」と答えた割合は低い傾向にあります。しかし、日本の中でも、子どもの精神的幸福度には差があります。東京都が2016年に行った「子どもの生活実態調査」によると、中学2年生において、「楽しみにしていることがたくさんある」「生きていても仕方がないと思う」「何をしても楽しい」など答えた割合は、家庭の経済状況によって格差があることが報告されています。また、いじめに遭う確率も、経済状況と関係していることがわかってきました。

本レポートの二つ前のイノチェンティ・レポートカード14では、「格差」についてのランキングも示されていますが、日本は41カ国中32位と、決して誇れる順位ではありませんでした。先進諸国の中で、日本は国内での格差が大きい国のひとつであることを改めて認識し、今回の結果を見ていただきたいと思います。

また、「スキル」の分野にても、日本は27位であり、この理由は「スキル」の2つの指標のうちの1つ、「すぐに友達ができる」という設問に「まったくその通りだ」または「その通りだ」と答えた生徒の割合がワースト2位だったからです。もう1つの「スキル」指標の数学・読解力は上位5位なのですが、総合すると「スキル」が低い国ということになります。ユニセフが、本レポートで、「スキル」として、学力だけでなく、社会的スキルを今回指標として取り入れたことは重要です。人が幸福な人生を歩むためには、学力のみならず、社会的スキルが重要であることが認識されてきたからです。

これは、社交的で、たくさんの友人にいつも囲まれていない子どもが悪いということではありません。人によっては、シャイであったり、一人でいるのが好きな子もいるでしょう。しかし、どのような性格の子どもであっても、周りから偏見の目で見られることがなく、友だちをつくろうと思ったら、すぐできる、という環境があるのか、ないのか、それが問われていると思います。

本レポートでは、子ども幸福度の条件として、「政策」と「社会状況」にも着目しています。この中でも、日本のさまざまな問題が浮き彫りにされています。「政策」の社会分野においては、親のワーク・ライフ・バランスの重要性が指摘され、指標としては、「母親・父親に認められる育児休業の週数合計」が提示されています。日本は上から5番目ですが、多くの人がご存じのように父親の育児休業取得率はやっと6%(平成30年度)です(1)。つまり、「認められる」育児休業週数は多くても、実際に「取得」されているものはごく僅かです。また、家族関連の社会支出のGDP比も日本は下から8番目でした。日本は、社会政策分野において子どもが幸福となる土台を作ってきていないのです。

さらに、教育分野として挙げられているものに、就学1年前の保育所・幼稚園などの通所率があります。これは、日本は優等生と思っている方も多いかと思いますが、下から7番目でした。健康分野においても、低出生体重児(2500グラム未満)の割合が、下から2番目でした。

「社会状況」については、殺人による死亡率が最も低い、失業率が低いなどのよい結果もありますが、「困った時に頼れる人がいる」と答えた成人の割合は、下から10番目でした。このように、成績の良い指標と悪い指標が混ざっている日本の状況を「パラドックス」とグロマダ氏は呼んでいますが、これは日本において不利の現れ方が他国と違うということではないでしょうか。失業率は低くても、ワーキングプア(低賃金)の問題が深刻であり、殺人率は低くても、自殺率はトップレベルというように(2)。

日本の子どもの幸福度を上げるために、必要なのは、最も幸福度が低い状況に置かれている格差の底辺にいる子どもたちとその家族の状況を改善することです。いじめに遭いやすい貧困世帯の子どもや、ワーク・ライフ・バランスなど考えることもできない非正規労働の保護者、子どもを保育所に預けることもできない家庭。一番底辺の人々の状況を改善し、格差を縮小することで、「すぐに友達ができる」子ども、困って時に頼れる人がいる大人、そして、生活に満足する子ども・大人が増えるのではないでしょうか。 

(1) https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/consortium/04/pdf/houkoku-2.pdf (2) 人口10万人あたり自殺者数、WHO2016年

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