1.概要
治安が改善されずユニセフの国際スタッフは依然として国外退避しており、国内で活動を続けているイラク人スタッフにとっても困難が多い中、ユニセフはイラク当局と協力しながら、人道支援を継続しています。2004年度の第一四半期だけでも、ユニセフはイラクのために3300万米ドル以上を支出しました。
ユニセフの支援は、学校や保健センターの修復、上下水施設の修復、水の供給、必需品の配布、子どもや若者たちが安全に遊んだり学んだりすることができるコミュニティセンターへの支援などの形で行われています。プロジェクトの実施にあたっては、ユニセフは、監視要員やエンジニアと契約を結び、品質管理を行っています。監視要員は、直接イラク国内のユニセフ・スタッフに報告を行い、また間接的にはヨルダンのアンマンにあるイラク支援センター(ISCA)にも報告をしています。
ユニセフは、イラク国連カントリー・チームの中でも重要な役割を担っており、「国連2004−6イラクのための戦略的人道支援並びに復興計画」の作成にあたっても積極的に関わってきました。この計画に基づいて、ユニセフは2分野——教育/文化と水/衛生——で主導的役割を担うことになっています。ユニセフはまた、このほかにも保健/栄養と地雷問題でも、重要な役割を担っています。
2.ユニセフの活動
2-1緊急救援
ユニセフはここ数週間で、イラク赤新月社並びに保健省との協力のもと、19,000人を対象にした緊急支援物資をファルージャ、ラマディ、ナジャフ、ケルバラ、サドル・シティに送りました。この中には、救急キット、緊急保健キット、産科用外科キット、注射器、折りたたみ式水容器等が含まれます。
ユニセフは、このほかにも、ファルージャへの給水を支援したり、3万枚の地雷教育のパンフレットを用意し、子どもやその家族に不発弾(UXO)の危険性を知らせる活動をしています。
2-2保健と栄養
はしか、おたふく風邪、風疹キャンペーン:保健省はユニセフとWHOの協力を得て、2004年3月/4月初めにMMR(はしか、おたふく風邪、風疹)キャンペーンを実施し、6〜12歳の子ども500万人に予防接種を実施しました。ユニセフは500万個近い注射器を提供し、また5,000人の予防接種チームへの賃金を支援しました。
定期予防接種:ユニセフはワクチンのすべて、注射器、廃棄用安全ボックスと保冷チェーン用機器のほとんどを提供しており、ほかにも未接種者を追跡するための輸送費/賃金や物資の配布も支援しています。これらの支援によって、予防接種率は2003年6月には20%だったものが、2004年4月には70%以上にまで高まりました。
適切なヨードの確保:人々が適切な量のヨードを摂取するためには、全世帯の90%がヨード添加塩を使用していなければならないと言われますが、2003年12月のWFPの調査によると、南部・中央部の15の州のうち、ヨード添加塩を使っていた世帯はわずか37%にすぎませんでした。2004年初めに、ユニセフは地元の製塩業者に30台のヨード添加用機械を提供しており、設備面では、イラク全国民にヨード添加塩がゆきわたるほどの設備が整ったことになります。このほかにも、塩にヨードが添加されているかどうかを調べる検査用キットとヨウ素酸カリウムも1年分提供されました。
基礎保健センターの修復:7つの州で、49の基礎保健センターが修復されました。栄養研究機関の修復と新しい基礎保健センターを20ヶ所設立する計画を現在作成中です。
コミュニテイを中心とした栄養サービス:保健省との協力のもと、ユニセフは、妊産婦や5歳未満児150万人に補助栄養食品を提供するため、2,000以上のコミュニティ子どもケア・ユニット、632の基礎保健センター、64の栄養リハビリ・センターを支援しています。現在も、保健員、ボランティアへの研修をはじめ、機器の提供、高たんぱくビスケットや栄養補助ミルクといった物資の提供を行っています。
研修:保健省との協力のもと、ユニセフは妊産婦・子ども保健サービス、学校保健、下痢性疾患や呼吸器感染症の削減などに関する研修への支援も続けています。
2-3教育
学校の修復:220校が修復され、さらに25校で修復作業が続いています。次年度には、300校の修復と1,100校での給水・衛生施設の修復を予定しています。
学習/教授用教材:イラク全土18,000校に通う、初等・中等学校の子ども550万人用の学習/教授用教材の調達を現在進めています。
包括的な学校調査:ユニセフは、イラク全土にわたる約20,000校での調査において教育省を支援しています。データ入力はすでに終わり、現在最終報告書がまとめられています。
教師のための現場研修:教育省との協力のもと、ユニセフは2005年半ばまでにイラク中の25万人の教師、校長、スーパーバイザーのために、現場研修用のカリキュラムとトレーニング・モジュールを作成しています。
特別プログラム:教育省と相談の上、ユニセフは学校に行けない若者や女の子のための特別プログラムや早期幼児刺激・学習プログラム、学校に通う子ども、通うことができない子どもの両方を対象にしたスポーツ/レクリエーション活動のそれぞれの最終案を作成しています。
管理の効率化:ユニセフは教育省の管理能力と実施能力の向上のため、研修と能力開発の面で支援を行っています。これには研修、スタディツアー、機器や物資の支援、スタッフ派遣による支援が含まれています。NGOとの協力も強化され、紛争地のコミュニティへの特別な支援も行われています。
2-4水と衛生
上下水道の修復:浄水場、水道ポンプ場、水道網、下水ポンプ場、破壊された下水網の修復が続いています。200以上のプロジェクトが現在実施されており、これらの支援活動により、500万人以上の人たちが恩恵を受けられることになります。
給水:NGOと地元当局との協力のもと、ユニセフは、バスラ、バグダッド、ファルージャでの給水活動を毎日続けており、その恩恵を受けている人の数は毎日、合計35万人にのぼります。
物資:ユニセフは、発電機、燃料、浄水剤、実験装置、水質改善と品質の維持のための水質検査機器を引き続き提供しています。
管理の効率化:NGOとの協力のもと、ユニセフはバグダッドの水道局とバスラの当局者たちの能力育成を支援し、上下水道施設や水道網の管理、モニター、保守、修理を効率的に行えるよう支援しています。
2-5子どもの保護
法律に違反した子ども、あるいは駐留連合軍に捕まった子どもたち:2003年7月と8月に、CPA(イラク暫定統治機構)、MOLSA(労働社会問題省)、司法省との間で何度か会議が開かれ、少年司法と駐留連合軍により拘束された子どもたちの問題についての方策が話し合われました。ユニセフは、過去の調査をもとに、イラクの少年ケア法についての改定案を作り、これらの会議で提案しました。ユニセフはCPAとイラク当局に、早急にこれらの新しい方策を導入するよう促したのです。
ユニセフは、刑務所に入れられた、あるいは拘束されている子どもたちの状態について情報を得る努力をし、子どもたちの権利が尊重されるよう、多方面に働きかけをしています。6月半ばには、アンマンで司法省との会議が予定されており、さらなる協力を求めて行く予定です。
子どもにやさしいセンター:ユニセフとNGOとの協力のもとで運営されている『Child FriendlyCenter(子どもにやさしいセンター)』等は、子どもたちに安全な学習の場、遊びの場を提供しており、特に学校がこれから夏休みに入ることを考えると、重要な役割を果たすことになります。
施設例:
- バグダッドの「ストリート・チルドレン・ケア」と「家族との統合のためのチャイルド・ホーム」
- バグダッドとバスラの「子どもにやさしい空間イニシアティブ」
- バグダッドの「ユース・ハウス」
- バグダッドの「子どものためのシーズン・アーツ・セラピー学校」
- アル・ナジャフの「子どもと若者のための心理社会プログラム」
若者についての全国調査は、26,000人の若者とその家族10,000世帯あまりを対象に行われました。調査チームには若者自身が参加し、ファルージャのような紛争の激しい地域でもデータをとることに成功しています。データ処理は順調に進んでおり、暫定的な結果をもとに6月半ばには討議が始まることになっています。厳しい状況の中でこの種の調査が行われたことは、イラクの未来にとって若者がいかに大切な役割や視点を提供するものかを物語るものであったと言えます。ユニセフが支援したこの調査は、青少年省と計画省の中央統計事務所と共同で実施されたものです。
3.今後の課題
イラクの子どもたちの問題については、上記の通り社会分野での進展は見られていますが、1年前に実施した「子どもの保護についての評価」で表面化した主要な問題は、未だ解決できないままにあります。この評価は10州において、5つの国際NGOとの協力のもとで実施されました。
ここでは、この評価で挙げられた主要な課題について解説します。
治安と止まぬ暴力:2003年の戦争勃発以来、子どもの保護に関する問題は悪化しています。武器や兵器が簡単に手に入る状況、犯罪件数の増加などによって、子どもや若者たちの環境は危険な状態にあります。4月以来、ファルージャ、ナジャフ、ケルバラ、バグダッド、バスラ、そのほかの街でも闘いが激化しており、何百人もの子どもや女性たちが殺され、怪我をしている子どもや女性は何千にものぼっています。暴力行為が激化している地域では、学校が一時的に閉鎖されたり、あるいは親のほうから、子どもたちの安全を考えて子どもたちを学校に通わせない事態が続いています。
法律に抵触した子どもたち:司法制度はほとんど機能していない状態です。尋問、勾留、投獄の際に必要な手順は踏まれておらず、子どもや若者たちの権利は保健や教育も含めて守られていません。往々にして、勾留された若者たちは、なぜ勾留されているのか、その理由も聞かされておらず、いつ裁判が開かれるかどうかも知らされず、家族がお金を払わないかぎり、弁護士をつけることさえ許されていません。
連合軍に捕まった子どもたち:投獄者については、数、年齢、性別、状態についての情報がほとんど得られない状態です。バスラとカルバラでは、駐留連合軍をターゲットにして違法行為を行った者は、定期的にウムカサルの抑留者施設に移されているという話があります。子どもたちが「抑留者」というカテゴリーとして分類されていること自体が、家族との連絡も許されず、いつまでという制限もなく勾留されることを意味し、また、裁判の実施や必要手順の実施も約束されていないので憂慮されます。
子どものための勾留施設:バグダッドに創設されたこの施設には、国際赤十字委員会によるとかなりの数の子どもたちが勾留されていると見られています。ユニセフは、おとなの施設に勾留されているすべての子どもたちがこの「特別」な子ども用勾留施設に移されるという報告を駐留連合軍から受けました。2003年7月、ユニセフはセンターへの訪問を願い出たましたが拒否されています。この勾留施設がある地域は治安が悪く、個々の監視員(例えば国際赤十字委員会など)でさえも2003年12月以来訪れることができずにいます。
政治化された環境の中で権利を剥奪される若者たち:イラクの若者たちは人生のほとんどを政治的に抑圧され、経済的に剥奪された、あるいは経済制裁下の環境で生きてきました。経済制裁が中止され、専制政治から解放されたものの、希望や機会とは遠くかけ離れたままである現実の中で、若者たちは今までに経験したことのない厳しい課題に直面しています。貧困がひどくなる中、若者たちは教育を犠牲にし、未来への希望も捨てて仕事をしなければならない状況にあります。感受性の強い年頃の若者は、外国軍による占領を批判の目で見がちです。経済的困難、占領という現実、希望の喪失などのせいで、若者たちが急進的な見方に走りがちな点が懸念されます。
児童労働と路上で働く子ども/若者たち:イラクでは児童労働そのものは新しい現象ではありませんが、2003年の戦争勃発以来、より多くの子どもたちが働かなければならない状況に陥ったことは確かです。ほとんどの場合、経済状態の悪化の中で、家族は子どもたちの収入に頼らざるを得ず、子どもたちは学校を途中で辞めたり、あるいは学校に行く機会さえも奪われています。
薬物の乱用:処方薬、接着剤、そのほかの有害物質の乱用は、イラクの子どもたちの間で持ち上がっている新しい問題であり、ほとんどすべての州で見受けられる現象です。子どもの薬物乱用問題は、組織犯罪の増加、安価になった処方薬などが理由に挙げられます。
家やふるさとを追われた子どもたち:戦争、強制的移住、政治的迫害などにより、イラクには多くの国内避難民がいます。2003年の戦争勃発、そして旧政権の崩壊の後、さらに多くの人たちが家やふるさとを追われました。以前の国内避難民たちがふるさとに戻り、現在の住人たちを追い出したのです。追われた人たちは、以前は政府の建物だったところに住みつき、きれいな水、トイレ、電気もなく暮らし、子どもたちは学校にも行けない状態にあります。
身体的障害を負った子どもたち:バグダッドや州都でも専門サービスがほとんどない状態で、特に農村部に住む障害をもつ子どもたちにとっては、生き延びるための基礎的なサービスさえ不足しています。さらに、情報の不足のせいで、こうした子どもたちが社会から取り残されたり、差別や偏見にさらされたりしています。
女の子:農村部の女の子たちは、多くの場合、初等教育どまりで、その先の教育を受けられない状況にあります。イラク国内の治安状況の悪さがこれにさらに拍車をかけ、女の子たちは家にとどめられ、遊びや社会的な交流によって培われる発展的な機会を剥奪されています。
女性が世帯主の家庭:戦争と政治的迫害のせいで、イラクには多くの未亡人がいます。かつて存在していた拡大家族による支援も、経済的な困難の悪化により廃れつつあり、女性が世帯主である家庭の子どもと若者は、特に困難な状況にあります。
親がいない子どもたち:経済的な困難のせいで、孤児になってしまった子どもたちは施設に入れられています。こうした施設自体の設備や状況も悪く、子どもたちにとってその生活は楽ではありません。
家族からの暴力、体罰、名誉のための殺人:イラクでは文化的にも、ジェンダーに対する考え方の面からも、女性や子どもたちに対する身体的暴力が抵抗なく受け入れられています。世界のほかの地域でも見られるように、イラクでも名誉のための殺人1が行われています。
1 「名誉のための殺人(honour killing)」:アジアや中東などの一部で行われている因習のひとつ。社会的規範に従わず(または従わなかったとして)、一族の名誉を汚したと考えて、その本人を一族の他のメンバーが殺害する。
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