■重度栄養不良の子どもと向き合って・・・
（質問・Y.Suzukiさん）
重度の栄養不良の子どもたちってどのような状況ですか？また回復していくとはどういうことなのでしょうか？ お医者様として東南アジアの国々での活動経験もおありになる、 錦織さんにお聞きしたく思います。
＜錦織信幸＞
正直なところを言うと、治療的食餌療法はユニセフの実施している栄養事業の中でもほんの一部なので、すでにこの分野でたくさん話題が出過ぎちゃったかなーなんて思っています。でもせっかくのリクエストをいただいたので書いて見ますね。
急性の消耗症（Wasting もしくはSevere Acute Malnutrition と呼ばれます）とくに重症に陥った子どもは概してぜんぜん元気がありません。「目がうつろ」という言葉がありますが、まさにそれです。 無気力でボーっとしています。でも子どもに日常的に接していない人が見たら 「2歳の子ってこんな感じだっけ？」という程度にしか思わないかもしれません。
ほかの感染症や脱水症を合併していることも多いのですが、だからといって熱が出るとか、 水を欲しがるとかがあまりなく、身体の反応自体が低下した状態です。 健康な子どもが病気になったりすると、親ははじめにどんなことに気づくと思います？
もちろん「ぐったり」というのもありますが、多くの場合はその「ぐったり」の前に機嫌が悪くなって、 要求が激しくなって、いわゆる「むずがる」のが普通ですよね？ 重症の消耗症の子どもたちはそういう子どもの自然な反応を一切見せずに、 あっという間に熱も出さずに重症の感染症になって死んでしまいます。
■子どもの治療は24時間体勢
＜錦織信幸＞
 |
| © UNICEF/HQ95-0310/Franck Charton |
| ビタミンAを摂取する子ども /
ミャンマー |
ではこういう子どもたちの治療的食餌療法とはどういうものでしょうか。入院して、まずはじめにすることは脱水と感染症の治療です。熱がなくても全員に抗生剤やマラリアの薬、寄生虫の薬、ビタミンAとその他のビタミン剤を投与します。そして前号で書いた高カロリーミルクを 飲ませはじめます。一回に飲ませる量はごく少ない量からはじめ、とにかく頻回に飲ませます。 はじめは一日8から10回です（2〜3時間おきです）。多くの場合は無気力で食欲がなくなっているため、本当に手間が掛かります。飲ませたら全部吐いてしまったなんていうことも普通です。
大事なことは24時間体勢で飲ませ続けることです。どうしてだと思いますか？重症の消耗症の子どもに高カロリーミルクをあげはじめたとき、夜間のミルクの間隔が空いたときに低血糖（血液の中の糖分が下がってしまうこと）になって死んでしまうことがあるからです。また体温を調節する機能が弱まっているので夜間に低体温になって死んでしまうこともあります。ここにあげた感染症、低血糖、低体温が、 重症消耗症の子どもを治療している間の死因の主なものです。
だんだん回復していくにつれてミルクの量を増やせるようになります。 実際には治療プロトコールに基づいて必要なミルク量を計算して、毎日ものすごい勢いで量を増やしていくのですが、不思議や不思議、 順調に回復し始めた子どもはその急激な量の増加に驚くほどちゃんとついてきます。 このあたりから子どもの回復力に感心しはじめます。
治療を始めて1週間したら今度は高カロリーミルクの濃度を上げます。 この時点でのエネルギー濃度は大体100ｍｌのミルクあたり100〜110キロカロリーです （カロリーメートの液体を想像してみてください）。最初の一週間はいわばリハビリ期間、 「慣らし期間」で、この第2週以降に入ってはじめて「子どもが本来必要なカロリー」と「これまでの消耗を取り戻すカロリー」を取ることが出来るようになります。
変化は本当に明らかです。子どもはだんだんミルクを「がつがつ」飲むようになります。 吐いたり、飲み残したりすることがほとんどなくなります。そして笑ったり、何かを要求したり、泣いたり、「子どもらしさ」を取り戻します。
