公益財団法人日本ユニセフ協会
HOME > 世界の子どもたち > 緊急支援情報 > アフリカ干ばつ緊急募金


アフリカ干ばつ緊急募金 第87報
ニジェール:栄養危機への対応に生きる2005年の教訓

【2012年9月10日 ニジェール発】

ニジェールにあるマドロウンファ集中治療食事センターでは、オウマ・アブダルさん(34歳)が簡易ベッドに座って、栄養不良に苦しむ娘のナフィザちゃん(1歳6ヵ月)をあやしています。今年は豊作が見込まれていますが、ニジェール国内の病院や保健センターは、重度の急性栄養不良(SAM)に苦しむ幼い子どもたちが溢れています。

「昨年は、収穫がほとんどなく、満足な食糧を確保することができませんでした。今は何も食べる物がありません」7人の子どもを持つアブダルさんは、こう話しました。ニジェールは、他のサヘル地域一帯の国や地域と同様に、深刻な食糧危機と栄養危機に直面しているのです。

2005年の辛い思い出

© UNICEF Niger/2012/Coen
ニジェールのマドロウンファ集中治療給食センターで、治療用のミルクを飲むナフィザちゃん(1歳6ヵ月)。入院当初は、重度の急性栄養不良に苦しんでいました。ユニセフは、保健衛生省とパートナーと共に、栄養不良の影響を受けた多くの子どもたちに対処するため、こうした保健センターの活動を支援しています。

アブダルさんをはじめ、この地域に暮らす人々にとって、今年の危機は、2005年に大きな被害をもたらした(干ばつ)危機の辛く苦しい時期を思い出させるものとなっています。その時は、アブダルさんの二人の子どもが、重度の急性栄養不良でマラディの中央病院に急送されました。助かったのは、一人だけでした。

「2005年も、ちょうど今頃、食べる物が何もなくなったのです」アブダルさんは、当時のことを思い出して話します。「蓄えていた食糧も全て食べ尽してしまいました。収穫期のこの時期になっても、収穫できるような状態ではありませんでした。子どもたちだけでなく、おとなにも、食べるものが何もなかったのです」

2005年当時は、栄養不良への対応方法が周知されておらず、病院や保健センターは、急増する患者に圧倒され、対処しきれないような状況でした。何千人もの幼い子どもたちが、栄養不良やそれに伴う合併症で命を落としました。

「悲劇的な状況だったと思います」マドロウンファ保健センターのサア・アマドウ看護部長は、ナフィザちゃんや他の子どもたちの様子を見ながら、当時のことを次のように話しました。「その時の大変さは、言葉では表せませんね。何もかもが慣れないことで、何とかその年を乗り越えたような状況です。本当に大変でした」

しかし、2005年のこの危機が、ニジェールの保健当局にとって貴重な経験となり、この国の栄養不良問題への対応が大きく転換されました。ユニセフがニジェール保健衛生省や地元NGOと協働で進めて来たこの取り組みは、現在、サヘル地域の他の国々のモデルになっています。

教訓

© UNICEF Niger/2012/Coen
マドロウンファ集中治療給食センターでナフィザちゃんをあやす母親のオウマ・アブダルさん。ナフィザちゃんの容態が安定すると、アブダルさんは、栄養について学ぶ青空教室に参加。「教わったことは、全て実践していきます」と語りました。

2005年の危機への対応と、この国の保健サービスに関わる人々が直面していた課題を分析した後、2009年、ニジェールの保健衛生省は、ユニセフや地元NGOの支援を受け、栄養問題への対処を、全国の保健センターで提供されるサービスの一つとして導入しました。

そして今、ニジェールは2005年以来三度目の食糧危機に直面しています。重度の急性栄養不良(SAM)の治療を行う保健センターは、全国に850箇所以上。これらの施設には、以前は無かった医療器具等が整えられ、スタッフの訓練も実施されています。このため、マドロウンファをはじめとする都市部の保健センターだけでなく、小さな農村部の診療所でも、その診断・対応能力は、驚異的に進歩しています。また、地域で活動する保健スタッフは、栄養不良の初期兆候を見定める研修を受けています。

さらに、お母さん方への教育も実施されています。お母さん方には、子どもたちが危険な状態を脱した段階から退院するまでの間続けられます。マドロウンファ保健センターの庭の大きなマンゴーの木の下では、適切な栄養摂取の方法を伝える青空教室が開かれ、お母さん方が活発に意見を交わしています。子どもたちを栄養不良から守る方法を学んでいるのです。

こうした活動により、栄養不良を原因とする死亡率は、1.5パーセントに低下。今では、重度の急性栄養不良(SAM)と診断された子どもたちの85パーセントが回復しています。

良好な予後

2週間の治療の後、ナフィザちゃんの体調は、ほとんど退院できるまでに回復。今、治療は最終段階です。アブダルさんは、「治療を受けられたことをとても感謝しています。娘は、座ることも、食べることも、動くことさえできないほど瀕死の状態だったのですから。今、娘は、自分で食べて、おなかがすけば泣いたりもするんです。元気になった娘を連れて村に戻ることができて、とても嬉しいです」

アブダルさんも、青空教室に参加し、今後の目標も立てました。「もっと前からこの知識があれば、今、この病院にはいなかったのかもしれません。もう子どもたちがこのような状態にならないように、教えていただいたことは全て実践するつもりです」(アブダルさん)

アマドウ看護部長は、このセンターの栄養不良への対応に、自信を深めています。「2005年から比べると、今は、私たちには経験があります。当初は、栄養不良に対する何の指針もありませんでした」「どんな状況でも、2005年よりも悲劇的な状況になることはないと思っています。どんな状況でも、対応する準備は整っています」