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シリア緊急募金 第41報
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© UNICEF/ Syria 2013/ Hassoun |
ホムスの避難所のひとつで、補習事業を受けにいく子どもたち。最近の難民の流入でホムスの避難場所の需要が増えている。 |
先日、支援活動でホムスを訪れたとき、ホムスでシリア赤新月社(SARC)とともに活動している医学生や地元NGO組織のボランティアの方々に会いました。彼らはみな、自ら危険にさらされながらも、人々のために支援活動を行っている人々です。
このボランティアの大部分が25歳未満の若者たち。ユニセフの支援物資をはじめ人々が待ち望む支援を、紛争の影響を受けた人々に届けて回ることが主な仕事です。
シリア赤新月社の事務所は、ホムス近郊の激しい武力紛争の影響を免れた地域に位置しています。この事務所を訪れるためには、特に夕方にはほとんど誰もいなくなってしなうような通りを車で走らなければなりません。
私が訪れた日はとても静かで、爆撃の音も遠くで時々聞こえる程度でした。
避難所のひとつで、化学工科大学の5年生に在籍して2年になるヤッシンさん(23歳)に会いました。ヤッシンさんは、2010年からシリア赤新月社でボランティアをしています。
「本来なら、今頃はヨーロッパのどこかの町で勉強を続けているはずでした。でも私は今、ここいるのです!」ヤッシンさんはまだ卒業していません。同じ避難所に暮らしているボランティアの若者と一緒に、夜に勉強を続けています。
私が出会ったシリア赤月社のボランティアは25歳未満の若者たちでした。何年もボランティアを続けている人もいれば、危機が勃発してから活動に加わった人もいました。こうしたボランティアの方々はみな、死や苦しみ、様々な困難を目の当たりにしてきました。
若者ボランティアたちが熱く語ってくれた彼らそれぞれの体験談は、我々を勇気付けてくれるものでした。
© UNICEF/ Syria 2013/ Hassoun |
補習授業を行っているNGOのボランティアの方は、「今、気分よくいられる人なんて一人もいません。でも、人を助けることで、心の平安が得られるのです」と話してくれました。 |
「人生が変わりました。初めて負傷した人の救命活動にあたったときのことです」「この経験をする前までは、救急車に乗ることでさえ、想像できませんでした」シリア赤新月社の医学生のひとりである24歳の若者は、こう話しました。そして、負傷した人々の中にクラスメートがいたときのことも話してくれました。
また別の医学生は、初めて負傷者を見たとき、たくさんの涙が溢れてきたと話してくれました。数ヵ月後、彼は活動中に腕を負傷。現在は、腕を動かすことができるまで回復していますが、右の指はまだ上手く動かすことができません。「この事故に遭ってから、二人の弟妹もボランティアを始めました」彼は、誇らしげにこう話してくれました。
また、彼の友人である別の医学生は、その日彼と一緒に救急車で運ばれましたが命を落としたそうです。
医学生として、また心理社会的ケアや物資の配布、教師として活動に関わっている様々なボランティアの若者から話を聞きました。最も心を打たれたことは、こうした若者は、個人的な苦しみや悲しみをなんとか乗り越え、支援を必要としている多くの人々のために力を尽くしているということでした。
ホムスの市街は人通りが少なく、国内避難民が避難を余儀なくされている学校や避難所の建物とは対照的です。
市街地の比較的落ち着いている地区にある、避難民を受け入れている学校を訪問。そこでは、ユニセフが支援している地元NGO組織によって子どもたちのために補習クラスが行われています。
4人の子どもを持つある母親は、今まで一度も働いた経験はありませんでしたが、現在ボランティアとして活動しています。「今、気分よくいられる人なんて一人もいません」「でも、人を助けることで、心が落ち着くの」。昨年、彼女の家族はホムスから首都ダマスカスへ避難を強いられましたが、最近、子どもと共に両親の家に戻りました。
こうした支援活動は、コミュニティの骨格の一部となりつつあります。
こうしたボランティアの若者の中には、ほかの若者にボランティア活動を勧めている人もいます。10歳の男の子がボランティアの中では最年少。彼は、ユニセフのトラックがたくさんの支援物資を運んでくる様子をよく目にしていました。この男の子は、子ども向けの支援物資の配布するときに、NGOスタッフを手助けするのが好きだと話してくれました。「必要なときには、いつでも人を助ける準備ができているようにしたいんだ」